おにぎりのペンシルノート-おにぎりの空Ⅰ

 しょっぱなからこんなんですが、皆さまに於かれましては如何お過ごしでしょうか?

 詩、書きます!

   *

 約束した空
 見上げては放り投げて
 何処へ行った僕の夢
 なにもかもがどうでもいいなんてまだ早い?
 口はどこへでも拡げて待っているから
 僕はそこから逃げ続けて
 今どうでもいい夢に包まれてる
 本当の夢は、まだこんなもんじゃない
 夢は、生きてる
 息をしている。
 現実にあらわれた夢は、
 それはそれはハカナくて
 切なく、切なくて
 でもそれだけが永遠につながるって確信している
 だから私達は頑張るんだな
 死んでも終わらない
 僕の夢

   *

 詩、二番隊行きます!

   *

 横綱に成るには
 どうしたらいいか

 死んだように生きればいい

 それもまた
 ひとつの結論

 でも、
 生きたまま死んだふりをするには
 どうしたらいいか

 夢を見たまま
 ご飯を食べるのにはどうしたらいいのんか

 私は今を見詰める

 いまの足跡を見つめる
 そうして見えてくるもの
 それをここに記そう

   *

 何が見えてきたか書きます!

   *

 ひとつ、意識を飛ばして、生きること。
 今に執着しないこと。
 心に映るものを、現実にそのまま映し込むように生きる。

 本物の自己実現。
 本来の自分を何か知ること。
 思い出しながら生きること。
 それは気付きながら生きるということ。

 いろんなものが自分の鏡。
 気づきのキッカケになってくれる。
 今、自分の生きている世界は先生である。
 でも、教えを読み取るのは、自分自身である。

 過ぎた瞬間は戻ってこない。
 思い出した過去には、すでにカビが生えている。
 だから、今に集中することは大事なのだが、
 固執するのはよくない。
 自然に生きることに、集中力を増すことを憶える。
 意味がよく分からないかも知れない。
 ぼーっとしている時が、一番集中している、ということである。

 ただし、そんなんで生きていく為には、生きていくことを許される為には、
 現実に生きる技術を磨かなければいけないのである。
 人の世で生き抜く為には、自分の魂を貶めることをしなければならない時が数多くある。
 自分を高めながら、現実の世界でも成功するためには、
 相当の努力が必要であり、
 相当な工夫と苦心と、やっぱり努力が必要である。
 あとやっぱ頭良くないと駄目。
 あと眼力ね。
 これもないと駄目ね。
 物事の本質を、自分なりの見方でいいから、主観入ってもいいから、見通せないと。
 その場しのぎの連続じゃあ、人間成長せんのだよ。

 などと偉そうに書いてはみたのだが、
 私も若輩者であり、発展途上である。

 それはさて於きもう少し書いてみようか。
 もう少しだけね。

 結局何が言いたかったんだろうなあ。
 今日これを書く前は、自分の頭の上に浮かんでるモヤモヤを形にしたくって、
 何かの形にしたくって、
 できるかなあ、って疑問ではあったけど、
 こういうのやんないと成長せんから、
 頑張ってやってみようと思ったんだ。
 でも思ってた半分も、いや三分の一も、形には出来なかった気がする。
 これは、「生きる」いや「生き続ける」ことでしか取り返せんにゃこりゃ。
 もう寝るかなあ。
 寝るのには早い気がするなあ。
 おやすみなさい。