「ひとりじゃ生きていけないことがリアルにわかった」(隆太)
■最も驚かされたのは『君のための100のもしも』でした。これまでのflumpoolには考えられないようなグルーヴィーな曲で、せつないけどウィットに富んだ歌詞も新しかった。
一生:『君のための100のもしも』は正直、かなりチャレンジでしたね(笑)。これまでやったことのないちょっとR&Bテイストの曲で、やってみるまでは不安だったけど、意外にバンドでやってみたらしっくりきた曲で。これもflumpoolなんだっていう、表現の幅がすごく広がった曲になりましたね。(山村)隆太の歌にも、“こんな歌い方もできるんだ”って驚かされたし。
隆太:この曲もそうですし、その次のストレートでシリアスな『この時代を生き抜くために』って曲もそうですけど、今作ではいままで隠してたこと、口に出さなかったことを、全部口にしてみたって感じですね。そういう人間らしさ、人間臭さっていうのをこれまであまり出してことなかったことが、flumpoolが一部の人たちから斜めに見られてきた理由にもなってたんじゃないかなって。
隆太:この曲もそうですし、その次のストレートでシリアスな『この時代を生き抜くために』って曲もそうですけど、今作ではいままで隠してたこと、口に出さなかったことを、全部口にしてみたって感じですね。そういう人間らしさ、人間臭さっていうのをこれまであまり出してことなかったことが、flumpoolが一部の人たちから斜めに見られてきた理由にもなってたんじゃないかなって。
■山村さんは2010年、ポリープの手術でしばらく休養することになったわけですけど、その経験というのは、この作品にも影響を与えている?
隆太:そうですね。“声を失う”っていう経験は、やっぱり自分にとってすごく大きかったです。これまで、ひとりだけじゃ生きていないってことは頭ではわかってたつもりだったけど、どこかで、ひとりでもなんとかなるんじゃないかって思ってたんですよ、きっと。でも、あのことがあってからは、本当に、ひとりじゃ生きていけないってことがリアルにわかったっていうか。『僕はここにいる』のような曲は、あの経験がなかったら生まれなかった曲ですね。ちっぽけな自分の存在っていうのを受け止めることができたし、だからこそ、これからも地に足の着いた希望を歌にしていきたいって思うようになりましたね。
■充実したセカンドアルバムを完成させたいま、改めてflumpoolというバンドの核にあるものというのは何だと思いますか?
隆太:改めて思うのは、このバンドの原点にあるものっていうのは、デビュー前に路上ライブをやっていたころと変わらないってことですね。結局のところ、いま、目の前にいる人たちに何かが届けばいいっていう。だから、まず音楽を届けるための手段は、なんでもいいんですよ。最終的に数多くの人たちに自分たちの音楽を聴いて欲しい。自分たちがいちばんやりたいことっていうのは、自分たちがいま思ってることを作品にしたり、好き放題に歌うっていうことで。今回の作品には、バンドがその根本のところに戻った感じがあって、そこがとてもうれしいんですよね。この作品を作ったことで、ようやくいい意味で開き直ることができたっていうか、自然体でいいんだって思えるようになったんです。もちろん昔とは違う責任感もそこにはありますけど、大きなステージの上に立つときにも、もう一回すべてをリセットして路上ライブをやるような気持ちで臨むことができるようになったんです。