「待て!早まるな!戻って罪を償うんだ、人生はやり直せる…!」振り返れば、片平。振り返れば、橋爪。 | 株式会社ワークポートスタッフィング営業部紅一点・お年頃「オッチー」がお送りするラブログ「塞翁が馬」は、結構マメに更新する・・・かも

「待て!早まるな!戻って罪を償うんだ、人生はやり直せる…!」振り返れば、片平。振り返れば、橋爪。

友人がこの夏から長野県に住むことになった。

わたしも数年前に一度だけ長野に行ったことがある。
当時長野に住んでいた知り合いに会うために出かけた、2泊3日の旅である。知り合いとは夜しか会えなかったので、昼間は一人で観光を楽しもうという計画だった。
しかしわたしには一人旅の良さや楽しみ方がよく解らない。なにかを観て、感想を言い合う相手もいないなんて。どこを観てまわるかも全部自分が決めなくてはいけないなんて。しかしせっかくの機会、一人でも楽しむ努力をしてみることにした。

まず1日目。夕方前に長野入りし、善光寺を目指す。
長野と言ったら善光寺。善光寺までは少し距離があったけれど歩いて行くことにした。遠回りしつつ、1時間くらいかけて到着。しかし、善光寺は閉まっていた。時間をかけすぎたらしい。
お寺までのまっすぐな通りの両側に立ち並ぶお土産物屋さんもそろそろ店じまいの準備をしようかな、といった雰囲気。プラプラしていると、あるお店にとてもかわいらしいおばあちゃんがいた。
「おばあちゃんかわいいー!!」と思い、近づいて「こんにちわ」というと、にこにこして「こんにちわ」と返してくれる。かわいい。あんまりかわいらしいおばあちゃんなので写真に収めておきたくなり、もじもじしながら、「あの…写真撮ってもいいですか?」と聞くと、「か?」とかぶるくらいの速さで、「だめだめっ!」と言い放たれた。・・・・・ぇぇええ~!!!!
暗くなってきたし、かなりへこんだのでおとなしくホテルに帰る。

1日目の夜寝る前に、有意義な2日目に備えて“ぶらり長野マップ”を見つつ行き先のプランを練る。長野というのは、とても広い。自身の体力を鑑みても長野市内から数時間のうちに行ける範囲はとても限られてしまう。すごい迷うわ~。どうしよう。…“戸隠~忍者の里~”あ、ここでいいや(即決)。
戸隠はお蕎麦と忍者で有名な村である。そばの体験博物館(体験て、自分がこねられたりのばされたりしてみるのだったらどうしよう!)や、ちびっ子忍者村(忍者よりちびっ子が見たい!)などにもう、わくわく☆どきどきだ。行き方を見ると、どうやら長野駅から戸隠村行のバスが出ているようで、体力の消耗も少なくて済みそうだ。

長野駅前からは、それぞれの観光ポイントまで連れて行ってくれるバスがたくさん出ている。しかしスキーシーズンでもない中途半端な時期、そのうえ平日ということもあって、駅前には地元のお年寄りと子連れのお母さんくらいしかいない。首から鉄道研究会みたいな一眼レフを下げた観光客はわたしだけだ。
「戸隠村」と書いてあるバス停を見つけて、停車しているバスに乗り込んだ。バスが走り始め、少しずつ町並みが山の中へと変わっていく。
山みち大好き緑大好きのわたしは、一番後ろの席でカメラを構えてにやにやキョロキョロしてしまい、女子高生に目を逸らされた。だってだって、普通のお庭の木にリンゴがなっていたりするんだもの。谷間にきれいな川が流れていたり、そこに赤いつり橋が架かっていたり(火曜サスペンスで必ず人が落ちて死ぬアレ)するんだもの!なんて素敵なところなの?そわそわせずにはいられない。

バスは40分以上かけて、やっと終点に到着した。車内には私とおじいちゃんの二人だけ。
「戸隠の案内図みたいの買ってくればよかったなぁ。忍者村とかすぐわかるかな…」などと考えながらバスを降りたわたしだったが、そんな心配はすぐに吹き飛んだ。よかった、戸隠の案内図なんて買わなくても大丈夫だった、フフ、だってここ…。
ぜったい戸隠村じゃないもーーーーーーーーーん!!!!!

オロローン…とするわたしの前を、今乗ってきたバスがブブブーと走り去っていく。
バス停のまるいところには、ナントカ村の文字。(もう忘れた。忘れてやった。)そんなもん見なくてもそこはもう「忍者とかちびっ子とか、そういうんじゃないんで。」というのが、一目で判るのどかな谷あいの村である。これは完全にやってしまった。ほらね、バスも1時間に1本だしさアハ!「どこだよここ。」と誰かにつっこむみたいに普通に言ったのをよく覚えてる。
その後、次のバスが来るまでの1時間、近くに小さい神社をみつけ、錆びたブランコに乗った。出発がすでに15時くらいだったので辺りはすっかり薄暗くなり、やっと来たバスに乗ってホテルに帰った。

人は意外に自分を知らないという…こんな言葉をどこかで聞いたことがあるような、ないような。
わたしもそうだった、自分のことは自分が一番よくわかっていると思い込んでいた。ばかでした。わたし無知でした。ここまで自分が、アレだったなんて…。この日、わたしの辞書に新しい一文が加わった。“旅とは…誰かに連れて行ってもらうもの”。

この場を借りて、長野に発つ友人にささやかな餞(はなむけ)の言葉を贈りたいと思います。皆様にとってもぜひ今後の人生のご参考になれば幸いです。

見知らぬ土地に行くときには、大切な「3つの“ろ”」というものがございます。
まずひとつめ、「バスの行き先はよく見、ろ」です。バスというのは、ひとつのバス停にとまるバスの行き先が同じとは限りません。バス停だけを見て安心せず、バス自体の行き先を確認することが大切です。間違うならせめて、「行こうとしてたのとは違うけどここも観光地」、にしましょう。
ふたつめ、「バスの運行間隔を把握し、ろ」です。これも意外と大事です。もし間違った行き先についたときに、瞬時に折り返しがきくがどうかで、その日一日が決まります。間違えて乗るときは本数の多いバスにしましょう。
そしてみっつめ、「てゆうか途中で気づくだ、ろ」でございます。終点で降りる前に、「これ違くね?」と疑ってみること。窓の外の風景に気をとられて「片平なぎさが撮影してそー!」などと浮かれている場合ではありません。常に冷静な心で周りを見据え、間違いにはできるだけ早く気づくべきです。

以上、簡単ではございますが餞の言葉にかえさせていただきたいと思います。