六甲道 | 東京単身赴任者のつれづれ日記

六甲道

昨日NHKの「プロジェクトX」で阪神・淡路大震災で倒壊したJR六甲道の修復作業を放映していました。

あの大震災の翌日、私は六甲道の駅前に立って呆然としてしまいました。
目の前に慣れ親しんだ六甲道の駅が崩れ落ちているのです。
もう、声も出ませんでした。

高速道路が倒壊した現場でも声が出ませんでしたが、六甲道の駅はなじみがあるだけに思いはひとしおでした。
駅の周りの建物も傾いたり崩れたりしています。
いつも通っていた高架橋も駅側が崩れ落ち、かろうじて車が通れる隙間が開いているだけです。

今から思えば、いつ崩れ落ちるかわからない高架をよくあれだけ平気で行き来してたなとは思いますが、その当時はそんなこと考えもしませんでした。

駅の近所の行き着けの店もほとんどが大きく傷ついて、道行く人々のうつろな表情が今でも忘れられません。

その六甲道の駅がどのように復興していったのか、NHKではその過程を放送していたわけですが、1割も表現できていなかったように思います。
JRの復旧は住吉から三宮の区間でまるで国策のような大規模な工事が続いていました。
もう二度とあんな工事を目にすることはないでしょうし、ないことを祈ります。

私は実家が近かったせいもあり、六甲道が復旧されるまで暇を見ては工事の状況を見に行っていました。
落ちた桁をジャッキで少しずつあげていくのですが、見に行くたびにあがっているのがわかり、自分がすごく励まされた気がします。

そして、待ちに待った開通の日、私は始発に乗るため六甲道の駅にいました。
思ったより人はすくなく、はでなセレモニーなどもありません。
でも、ホームに立って電車が滑り込んできたとき、不覚にも涙がこぼれてしまいました。

駅のホームに立っていたら電車が来る。
こんな当たり前のことがどんなに素晴らしいことなのか。
震災はあらゆる「当たり前の日常」がどれだけ大切なものなのかを思い知らせてくれました。

JRに続き、阪急、阪神、山陽も相次いで全力を上げて復旧を果たしました。
そのどれもが本当に血を吐くような思いの結果だと思います。

あのころの住吉まで歩いた事などが思い出されてきました。
ああ、本当によく歩いたなぁ。