今日は、ちょっとボクの昔語りです。
オカリナの話題ではありませんので、興味のない方はスルーしてください。
『しもん』子門真人さんのことではありません💦
まして、指紋とも関係ありません。
むかし…もう言っても許されるほど年月が経過しました。
ボクが20代の頃の想い出話です。
お暇でしたらお付き合いください。
正確な年代は覚えていません。
だいたい50年近く前ボクが20代の半ばだったころ、東京の原宿に『しもん』というJzaa Barがありました。
どこが本店だったのかはわかりません。国立にもありましたし、他にもあったかもしれません。
元々はロック少年だったボクは、高校時代から足繫く原宿に通っていました。
その頃原宿あった『DJ STONE』というロック喫茶に週1回ほどのペースで通っていたので💦
どんな店か…?
原宿の表参道と明治通りの交差点間近に建っていたビルの確か4階か5階だったと思います。
店内はDJが入るブースを中心に円形に席が配置されていて、当時人気だったレッドツェッペリンに少なからず影響を受けていたであろうロングヘアーのロック系お兄さんが店員さんとして働いていました。
普段は控えめに、今でいう黄金期のレジェンドロックグループ…レッドツェッペリン、YES、エマーソン・レイク&パーマー、ディープパープルなどのレコードがBGMの店内で、たいして美味しくもないドリンクを注文して、音楽小僧を気取るわけです。
が、1時間に1度…記憶が曖昧で多少ギャップがあるかも知れませんが、10分~15分程度のDJタイムが設けられていました。
多くは前出のグループなどから特集アーティストが定められていて、室内暗転、ミラーボールの怪しい光が交錯する中、腹に響き、耳をつんざくような大音量で、レコードが再生されます。
なんだかんだ言っても、やっぱりロックミュージックに音量は不可欠ですからね(笑)
自宅でそんな音量でレコードを聴けたとしても、当然家族やご近所からクレームの嵐ですから。
と言って、外タレのコンサートもそんなに頻繁に開催されるわけではなく、お金のないロック小僧にとってはコンサート会場に近いインパクトをもって、ロックミュージックに接することの出来る貴重な空間でした。
やがて音楽を生業にするようになり、少し志向が変化したボクは、気づくと『しもん』に出入りするようになっていました。
ここは、前出の『DJ STONE』とは正反対とは言わないまでも、くっとアダルトな落ち着いた空間で、比較的に上質な音響機材から程よい音量でジャズミュージックが店内を満たすJazz Bar(昼間はJazz Cafe)でした。
ボクはもっぱら夜専門でしたが、そこで聴いたジャズのレコードからは実に多くの導きを頂いたと実感しています。
当時ボクが20代半ばとすると、昭和50年代。
今のように音楽配信などという、超便利なシステムは存在しません。
日本盤よりは若干安く買えるCiscoという渋谷にあった輸入レコード店が行きつけだったのですが、それでも駆け出しのミュージシャンとしては月間平均
10枚のアルバムの購入金額は安くはありません。そこに付帯して、月1度程度は来日アーティストのコンサートに武道館などに行っていたので、キツカツの生活でした。
にもかかわらず、夜は原宿の『しもん』に飲みに通っていた…というのが摩訶不思議(笑)
まったくどうなっていたのか、覚えていません。
けれど要するにジャズ関連までは手が(経済的に)回らなくて、ジャズは『しもん』頼りだったと言うのが正確かもしれません。
『しもん』はBarといっても、ウイスキーがメイン(?)だったように記憶しています。
ひとつのテーブルを何組かの客が利用しても、周りが気にならない程度の大きなテーブルがいくつか据えられた店内は程よく照明が落とされ、ウイスキーの香りとジャズのグルーブがなんともボクには心地よい空間でした。
今でも疲れを癒してくれる多くのジャズ・ミュージシャンの作品と出会ったのも『しもん』でした。
『しもん』で頭に刻み込んだ数々の演奏。
それを教えてくれた懐かしい店の名前をなぜか今日突然思いだして、バーボンをお供に当時よく聴いたキース・ジャレットをYoutube Musicの配信で聴きながつらつら書いてみました。
誰にもきっとある、大切にしたい原点てヤツかもしれませんね。


















