おはようございます
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私は結婚後入院した経験がありましたが、退院し仕事をしている今も、そこで出逢った認知症の老婦人について時折思い出します
認知症と言うなれば、人間性は失われているかと思いきや、彼女は確かに、周囲に悪態をついたり暴れたりして看護師も手を焼くほど大変な病気だな、と見ていて感じましたが学ばされたこともありました。
しかし認知症であっても、ふとした瞬間の優しさ。溢れた母性愛に、私は病気に対する偏見を少しだけ払拭する事がありました。
それは私が退院の日取りが決まり、いよいよ日常生活に戻る喜びで涙が止まらず、病院のディールームにて、ぽろぽろ泣いていた時のこと老婦人は、普段はカートを押して歩いていたのに、私の泣き顔を見るなり、
『どうしたの?怪我したの?痛いの?
』と心底、心配しながらカートをそこに置いて、すごい速さで私に駆け寄ってくれたのでした。
これには、ディールームにいた患者のみならず看護師までもびっくり
彼女は認知症ゆえに悪態をついたりしたけど本当は優しいお母さんだった時代もあったんですね(彼女には、旦那様と息子さんがいました)
私は入院しながら看護師という仕事が、大変キツイと見ていて感じたものの、こうした奇跡のような瞬間を目にする経験が毎日あるのかな……【人間の神秘体験】は病院で起きることもあるのだな。と看護師へのリスペクトを深めました。
そしてなぜ今でもその駆け寄る老婦人の姿を思い出すかというと、私が調理の職場で仕事をしていて、私より年配の同僚も懸命に働いているからです。 彼女たちはもちろん認知症ではありませんが、加齢ゆえに判断を間違え、時に見当違いなアドバイスをしたりして私も内心『それは違うかな……』と思うのですが、やはり私は『違いますよ』とは言いません。私も間違えることはありますし。
彼女たちは心底から【良かれ】と思ってアドバイスしてくださるからです。経験を積んではいても判断を間違える年齢ですが、若い人たちにアドバイスをして自分の尊厳を保ちたいという気持ちを温かく尊重したいからです。
もちろん、家族ではないから限度はありますが……
泣いていた私に思わず駆け寄る老婦人の優しさ、それこそ病人であっても尊重されるべき本質だと思い出すとき、 職場で『えっ?それは違いますよ』と言いたくても言わずにいる自分になれるモチベーションになっています
【今日の短歌】
愛あれば病めど
泣く子に駆け寄らん
母たる時代を忘れていても
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