父母の傍迷惑なカルト宗教信仰は、父母の期待を外してしまいました。今現在既に80歳を迎えた年老いた父母の入る予定の墓は無く(父母は樹木葬を希望)、しかしわたしは嫁に行った先に夫が護る墓があって一応安心ですが、まだ独身の弟には入るお墓はありません。
こんな過去を想いつつ、ひとつひとつの墓碑名を読みながらゆっくりと歩み、やがて実家の祖父と祖母の名を付された墓碑を供えたお墓が見つかりました。
墓碑を読んだ先ほどから、不思議と涙がホロホロとあとからあとから流れて止まりません。わたしは涙を拭いながら水を満たしたバケツをそっと傍らに置き、ひしゃくで墓石にサラサラと何杯も掛けました。
しばらくたって、まるでわたしの涙で墓石を洗っているかのように濡れた墓石とわたしの頬が秋の陽光にさらされて、だんだん乾いていきました。
連なるお墓にはわたし独り、誰にも遠慮することなく泣いて、泣き止んでボンヤリといま、祖父と祖母にとって初孫だったわたしは、お墓に迎えられ彼らに喜ばれていることを薄々感じました。
わたしは父母のカルト宗教を、結婚して夫婦で棄てましたから、これからは度々お墓参りに来ますね。今まで心配かけてすみませんでした…、と手を合わせてじっと祈りました。
興味深いことに墓碑に記された、祖母が亡くなった歳は、今現在のわたし自身の歳と同じだったのです。
偶然の一致だなあ…祖母が呼んでくれたのかなあ…とも考えながら、お墓にきたみちとは、違う道を戻りました。昔、幼い子供のころ、お墓参りの帰りは亡くなった人があとを付いて来られないよう、違う道を通るのが良いとも教わったからです。
先祖代々仏教の家にカルト宗教を持ち込んだ母。でも娘のわたしは長い遠回りをしてやっと元の仏教に戻れました。
将来、夫と同じ墓に入れるわたしの人生はとてもありがたい人生です。
長い話になりましたが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました🙇♀️






