1998年ですからちょうど10年前ぐらいにヒットした
キロロの「未来へ」です。
キロロの玉城千春さんの声ほどオカリナF管の音色に
近いの音は他にないのではないでしょうか。(*^^)v
「ほうらぁ」、で始まるフレーズは何度吹いても
素晴しい!でも、途中のフレーズの繰り返し部分
うまく耳コピ出来なかったので勝手に省いてます。
(*^_^*)
ところで、母にこの歌を何度も聴かせるのですが…
もう一つ好きじゃないようです。
子供が母を想う歌であって、母からはあまり
ピンと来る歌じゃないせいかも知れません…(・・?
さんざん心配かけておいて、今さらそんなことを
言われてもぉ…とかね。^m^
冗談はさておき歌って、歌う側の気持ちに
共感するのであって、歌われてる対象が
それに共感することはないんじゃないでしょうか。
例えば梓みちよが大昔に、歌った「今日は赤ちゃん」
とか、歌う側の母親達が共感するわけで、赤ちゃんが
この歌に共感することはない。
(そもそも赤ちゃんが共感するかどうかは
別にして…(^_^;)
さらに言えば、失恋の歌でかっての恋人に呼びかける
歌が結構多いけど、失恋した人達がその苦しみや
悲しみに共感するわけで、振った人達が聴けばそれって
極めて居心地の悪いものなんでしょう?
(自分には良く分かりませんが…)
この感じってよくアメリカ映画で珍妙な中華風
ごちゃまぜ日本?スタイルが、「これが日本です」
って、映像化されますよね。
つまり対象側はそんな風な居心地の悪さを
感じるのだと思います。
何故なんでしょう?
歌う側の感情移入によって、対象側がそれに
よって変形させられてるからじゃないでしょうか?
それでは、
歌う側も歌われる対象側も両方が同時に
感情移入できる正しい歌って存在しないのか?
ってことになりますが、
歌の本質として「正しい客観的な」歌って
無いのじゃないでしょうかねぇ。
もしかりに、そんな歌を作ったとしても
誰も感動しない。(^_^;)
歌う側の都合で状況や対象が変形しているから
感情移入できる。
もっと言えば「変形」そのものが歌の本質かも…
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