
出島内で観光マップを開き暫く眺め、
興味を持った場所へ向かう事に。

出島から路面電車に乗って向かった先は原爆落下中心地。

名前の通りでこの碑の上で原爆が炸裂した場所。
夏の日差しが痛いくらいで天気は良いのに
沢山の命が奪われたこの場所の空気は他と違っているように思えた。

なんというか・・・
とても重たい・・・

石碑の説明を立ち止まって見ている自分の横に外人さんが3名来た。
場所が場所だけに、あの時この場所に原爆を落とした相手国の子孫なのかなと想像してしまう。
他の観光名所同様、日本人が多いのかと思いきや、
外国の方が多くて驚いた。
多いと言っても8名くらいだけれど。
そんな私のどうでも良い妄想癖から、
この場所にわずかながらでも関心を持って足を運んでくれている
自分と同世代の外国人観光客がいる事を嬉しくも思えたり。
なんとも複雑で不思議な気分になりました・・・

原爆の炸裂で破壊された建物の一部。



ブロックが一瞬の熱線でこんなに黒焦げになって吹き飛ぶなんて・・・
とても生々しい・・・

脇には沢山の鶴が。
「世界平和」の手書き文字が当時亡くなった方々の気持ちの代弁のように
心に突き刺さる。

中心地から数歩歩いて階段を下りると川がある。
「下の川」。
水を求めここへ辿り着き息絶えた者の死体で埋まっていたという川。
子供の頃に読んだ本でこの場面が脳裏に焼き付いていて
「あぁ~ここがあの場所なのか・・・」っとなんとも言えない気持ちで川を暫く眺めていました。

川の脇では一角だけ地層がガラス張りになっていて当時の地層を見る事が出来ます。
階段下で隠れているので川に下りないときずかないかも。

復興作業で上の層は被爆後の復興工事で埋め立てられたもので、その下の黒い地層が被爆以前の地表面だそうです。

地下2m程にある赤い地層からは100余りの人骨や石に付着した溶けたガラスの破片や気泡だらけの瓦、
炭化した木片が出土しました。
この地層では、瓦、レンガ、熱で溶けたガラス、茶碗、針金など、当時ここに住んでいた人の生活の様子がうかがえる。
爆発直後の地表の温度は、約3,000~4,000度。
熱線で黒焦げになっているペンチなどが生々しい・・・
ここまで来たので少し歩いて先にある原爆資料館に行く事に。

歩いている途中で突然草の中から出てきてビックリw
長崎ねこぉぉーーーw

資料館の入口には沢山の千羽鶴が飾られていました。

トトロ鶴可愛いなぁ

銅と亜鉛を合わせて作られる合金の「真ちゅう」で板金工業が専門に使用する特殊な工具を用いて製作された千羽鶴。
一羽当たりの製作時間は平均30分かかるそうです。
長崎県板金工業組合からの寄贈物。
資料館には当時熱線を浴びた方の写真や物などが沢山展示されていて
目を背けたくなる程でショックを受けましたが、
これが現実に起こった事なんだとしっかり見て来ました。

500mm程歩いて浦上天主堂にも来てみました。
カトリック教会です。
カトリックの方が普段と変わらずお祈りに来られているので
撮影はNG
ステンドグラスがとても素敵だったなぁ・・・

ここにも原爆で破壊され熱線を浴びて黒焦げになった石像がそのまま立っています。

一瞬にして石がこんな黒くなるなんて。

天主堂からタクシーにワンメーターほど乗り次に向かったのは
爆心地から800mmにある片足鳥居。

強烈な爆風で半分が吹き飛ばされ現在でも残った片側が立っています。

折れた一方の足はすぐそばに保管されていました。

更に100mmほど奥に歩くと樹齢500年は下らないと言われている大楠。
この木も被害者。
被ばくで幹に大きな亀裂が生じ、
黒焦げになり、一時は生命を失いかけたけれど頑張って今まで生きてきた楠。
亀裂の部分は人工物を流し込みを木と見せかけ支えていますが
もう疲れて自力で立っていられなくなってきているようで
長崎市の指定天然記念物として人の手で治療されているようです。
人であっても木であってもここまで生き抜いてくるのは
大変な事だったでしょう・・・
美しい景色を眺めながら過去の歴史を振り返る観光と、
原爆の傷跡を辿る観光、
長崎は本当に奥深い場所です
つづく・・・・・