オリンピックの見方もね
もういまの時代は
人それぞれだとは思うが
競技をピンポイントで楽しむ
そういう人もいるだろうし
多様化してきてるはずです
日本の選手が出るからそれ中心
途中で敗退したら、その競技は
放送が途切れたりするケースも
団体競技の人気種目などは多い
追っかけたいがTVerなのかとか
TVerでも日本選手ばかりであまり
タイミング良く配信しないなとか
欲しがる試合がなかったりね
かといって、今回のレスリングの
藤浪選手のような決勝だけ次の日
珍しい感じの試合日程だったが
BSとTVerで放送だったらしいが
これは地上波で放送してほしい
みたいな意見も多数あるようだ
そもそも論で、私たち自身は
なぜ日本人選手を中心に応援する
そのスタイルになったのだろうか
国威高揚的なスタンスの延長で
意識させようとオリンピックに参加
大河ドラマの「いだてん」なんかで
役所広司が演じてましたけどね
戦前はアメリカを倒す的な、戦後は
日本が敗戦から立ち上がり世界相手に
勝利する共有を意識させられてた
そのあとは日本もスポーツとして
大会でメダルを獲得できる競技や
選手に期待して楽しむ、応援する
そういう流れになってきた気がします
時代を経て、多様な競技や種目が生まれ
観る側も多様な価値観や付き合い方で
五輪を楽しんだり、興味もない人も当然
ホントに多様化が常識的になってきた
それでも国民全体の無意識な感覚
日本選手を応援したい、っていうのは
最初から意識させられ続けさせられてる
そんな気がしないでもない
古い時代は顕著で、日本人が世界を
打ち負かす達成感に共に酔いしれる
日本列島が一つになる的な感じかな
お祭り感覚でその時だけ楽しむ
みんなで共有しながら、終わればまた
4年後まで、ほぼ無関心みたいな笑
日本人の平均的な中央値にある
意識はそんなもんだと思いますよ
世の中が五輪中心になるから嫌いだ
という人もいる、いて当然です
なんで観てないの?と同調圧力を
自然にかけられるうんざりな人も
多様化してそうで多様化しないように
仕組まれてるなかで大衆は視聴したり
応援したりしてるんでしょうね
野球やサッカーが普段は人気だが
五輪では野球はない場合もあるし
サッカーもメダルまでは届かずだ
そのサッカー自体もそんなに五輪に
協力的にならないし、特に男子は
オフシーズン前後なのでプロ選手は
契約やシーズンとの兼ね合いで衝突
世界一を決める大会は五輪でない
W杯やEURO、コパ・アメリカなど
重なる場合は優先順位はそっち
アマチュア中心で始まった五輪が
いつのまにか利権をむさぼりプロ選手を
積極的に参加させようとする流れ
国によってはまだ世界に自分たちの国を
アピールする場としても機能している
放送する側も莫大な放映権料を払って
放送するのに苦慮しながらそれでも
やっぱり文句を言われてしまう笑
日本人選手の試合ばかりをくまなく
追いかけることがオリンピックだと
意識させられてしまっていたのでは?
放映権やどれを選んで放送できるのか
その詳しいルールやしくみは知らないが
途中で日本人が活躍したから急遽
予定を変更して違う種目だがメダル獲得
その瞬間を放送しようと試みること
これが万人に対する多数派的な答えか
日本人の活躍が観たいという人が
国威高揚の仕掛けの延長でこれまで
視聴してきた人が多いんでしょう
国際試合に参加する日本を代表する
選手たちがいろんな種目で世界一を
目指して頑張る姿を応援したい欲求
そこに応えるのが当たり前みたいな
でもどうなんでしょう、私たちも
どこまで乗せられ、どこまで付き合うか
テレビ一択だったものが、ネット普及で
選択権も多様化しても不思議ではない
テレビ中心の時代からネット中心へ
時代は流れているけれど、一般的な
中央値にいる人の関心はまだテレビ
あと20年もすればだいぶ変わるか
編成はテレビで放送させたい欲がある
でも視聴者は世代がどんどんネットに
注目の仕方や興味も多様化していき
日本選手だから応援、視聴したいって
共通意識も崩れていくんだろうな
でも選手や競技によっては
ハレの舞台でいつもより多くの人に
観てもらえるし応援してもらえる
やはりアマチュアの最高峰的舞台
活躍によって多くの人に認知され
その後の自身や競技の発展に期待
いろんな思惑があるんでしょうから
私たちも知らない競技について
五輪でなければ一生知ることも
なかっただろう種目と出会う
こうであってほしいと願う世論は
動いていくのだが、メディアや選手も
その意識とはタイムラグがありそう
選手も日本のために、自分のために
そしてその競技の普及のために
いろいろ巻き込んで応援させようと
流れをつくってきますけどね
個人の見方か、日本の味方か
これからどう変化していくのか
いろんな意識が変わろうとしてる
局面にきている気がしますね