この秋のクール、ドラマは

なんか原作ありのものが

多い印象がある。



一応、継続して観てるのは

フェルマー、セクシー、パリピ

コタツ、マイホームヒーロー



30分ものも含め最近は

やけにドラマの数が多い。

なんだろう、少し急かされてる笑



全部観る人もいるのだろうけどね。

もう全部はいいです、しんどい。

面白そうと期待する印象が

あったものだけ、最初に観てる。



古い人間なので倍速視聴も好まない。

こなしてこなしてタイパも

よく考えたら自分の意思か?と。



なんとなく自分のタイミングで

出会って時間や好みに合ったものを。

誰かにオススメされてまではね。

最近はオススメがうるさすぎる。



途中から、評判イイらしいから観る

ってのは逆に、絶対観ない意地が笑



正直このクールは小粒感も。

さすがに別班料理のあとは

鉄板料理を出されてもムリか。

物足りなさがあるのかもしれない。



ただ、漫画やアニメをみないので

うまく結末をあまり知らずに

自分調べすぎずにいれば大丈夫。

 わりと楽しめますよ。



ヘタに知ってる人よりは新鮮に。

人間は知ってると、どうしても

原作と比較してしまいますから。



そうならないようにするには

自分側で意図的にコントロール

するしかない時代なんですよね。



あと少し気になるのは

ドラマが原作ありきの場合



ドラマの前に演出段階で

多少、現実にこうあってほしい

脚色が既に施されていること。



漫画だからっていうこともあり

失敗しなかったり、あり得ないほど

うまくいってしまうことがある。



やはり物語を創作する現実には

多少の不自然、都合良すぎ感

うまくいきすぎるきらいがある。



リアルな状況ではそんなうまく

つながらないし、タイミングも

そんなにバッチリ合うこともない。



だから原作がマンガだしそれは

しょうがないのかもしれないが。



最近はその事を忘れるくらいに

没入感を視聴者は常に求めるし

つくる側もその演出を意識する。



その不自然さが少なかったのが

個人的には「日曜の夜」だった。

あれはオリジナルだったが。

ちょうどいいリアルさと

急かされない、気持ち長い間合い。



そのあたりは逆に意識して

つくっていたのかなと思う。



エンターテイメントなのは

わかります、確かにね。



ただ最近は過剰と思わせないほど

私たちも乗せられても当たり前に

受け止めて加速しすぎな感じもある。



ゆったりとコーヒーを飲むような

そういう時間の流れに近いものは

好まれないのかもしれないが。



今のその速い流れに疲れた人も

実は多いのではないかと推測する。



原作ありきも原作に意識を

寄せすぎて符合するような

役者の演技や映像化に対して

称賛されることにも違和感が。



そっち行ったらそっちに

行きっぱなしになる傾向がある。



正解はないのだけれど、でも

最近はなんか完璧に寄せすぎで

あるべき間が失われているような。



これは究極の再現性を好む

国民性もあるのかもしれない。



でも、行間を読むようなことにも

考察や解説はあえてしないほうが。

受け手の余韻を奪っている気が。



演出の意図は客の欲しがるほうへ

向いていくのか、あえて逆に

落ち着かせて余韻や間を与えるのか。

視聴率的な命題が逆効果を生む。



いいんでしょうけどね。

受け手が満足していれば。



でも急かされたあとの喪失感が

残って、ロスだなんだと叫ぶのは

やはり加速しすぎてるのかも?



客に寄せすぎてもダメなのに

気づいていても、結果、できない。

合わせて走るしかないのは

もう現代病なのかもしれないね。



原作への過剰な寄せ方

原作寄せ気味に観る視聴者。

それに寄せていく作り手側。



見えない何かに引っ張られ

得たいの知れない加速度に乗り

乗せられ続ける私たち。



でもなんか違う気がするので

ワタクスは少しだけ斜に構えて

うたぐってかかってますね笑