判を押したように、

 

万全の感染予防対策をして

 

お待ちしております、的な

 

お店側のコメント。

 

 

最近、よく聴きますよね。

 

違うよ、たぶん逆だ。

 

 

感染予防対策を意識するのは

 

「客の側」なんだけど、

 

客に向かっては言えないから

 

私たちは万全の対策をしております

 

という、いじらしい感じになる。

 

 

ハッキリ言ってやれ。

 

調子こいてコロナ前と

 

同じ意識で行動すんじゃねぇぞと(笑)

 

 

ホンネはそうですよ。

 

店が対策しても客が甘ければ、

 

客が出すんですよ、カネもコロナも。

 

 

その意識を店側の言葉から

 

客は読み取れているかといったら、

 

ほとんど理解しているようにはみえない。

 

 

なんだろうな、客がエラくなりすぎた。

 

サービスの意識を高くしすぎた日本は

 

世界最高峰のサービス精神を

 

提供するがあまり、店側も競合相手と

 

共に、サービス合戦にどちらともなく

 

のめり込んでいく。

 

 

 

どっちが喜ばせられるかみたいな

 

本質を忘れて、重箱の隅をつつき合う

 

いつものマニアック志向にたどり着く。

 

 

そうして、逆に客に言えない雰囲気に。

 

国民性がまるだしになります。

 

 

言いたくても言えない。

 

言える立場にないと店側は

 

自嘲気味に心の声とは

 

まるで正反対のことを言う。

 

 

言ったら言ったで、いまの時代は

 

尾ひれをつけてこれでもかと

 

ネガキャンをはられてしまう。

 

負のスパイラルも、まるだしですね。

 

 

なんというか、海外の人々は

 

「言うこと」と「言われること」は

 

互いの主張として「対等で」認めるのが

 

当たり前の感覚という印象がある。

 

 

しかし、日本人は立場に上下を

 

つけたがる傾向がある。

 

 

客は、自分はサービスされる側で

 

こちらはカネ以外は負担したくないんだと

 

大手を振って、足を投げ出して

 

客、然としてふるまう。

 

その姿、意識に店側は愕然とする。

 

 

そろそろ、令和だし(理由にならん、笑)

 

逆にサービスは当たり前じゃないよと、

 

気づかせるべきなんじゃないかな。

 

 

そして通常化されてなんの疑いも

 

持たなくなってしまった客の心に

 

クサビを打てるかどうかだと思う。

 

そこに気づけるかどうか。

 

 

客はいつしかサービスされて

 

当たり前、まだまだ足りないと

 

その要求を高くし続けていく流れに

 

身を任せてしまうようになった。

 

 

その高くなりすぎた鼻を

 

へし折るのはなかなか大変だ。

 

しかし、無意識の要求を頭を冷やして

 

見直しさせる必要もあるのではないか。

 

 

逆説的だけど、お客さまは神様であり

 

神様ではないということに、

 

シフトさせるいい時期ではないだろうか。

 

 

大事なのは気づきそうで気づきづらい

 

ちょっとした意識の変化。

 

ボタンのかけ方を変えるだけで、

 

まだまだ変わる余地はある。

 

 

万全の感染予防対策を

 

お客様自身にしっかりと

 

「していただきます」ので

 

・・・お待ちしております。

 

 

ってのもアリなんです。

 

逆に、逆にね(笑)