ずっとサンダルばきで走らされてる。

 

そんな感じが強くある。

 

自分の経験からもそう感じる。

 

 

非正規の待遇格差の最高裁判決。

 

この判決でわかるのは、

 

会社と労働者を同時に守り、

 

継続させていくのはもう

 

難しい局面にきているのだなと。

 

 

だとすれば、政府はどんな支援が

 

これからの時代、必要になるのか。

 

 

救えずに、すくいあげられずに、

 

こぼれ落ちてしまう人たちを

 

どう支援していくべきなのか。

 

 

ワタクシが思う大前提は、

 

いまの社会のしくみ「ありきで考えない」

 

ということから始めること。

 

 

企業側は守りに入るのは当然。

 

労働者はできるだけ稼ぎたいのが当然。

 

働く以上は〇〇、という労働者の望みは

 

どんどん狭く、小さくさせられていく。

 

 

非正規雇用に望んでなっていない人や

 

正社員雇用が叶わない人は、

 

「サンダル履き」の人なんです。

 

 

まだちゃんと自分の能力をフルに

 

発揮できる環境を手にしていない。

 

 

非正規雇用ばかりの人生の人は、

 

長い人生を考えて行動することが

 

結果的に制限されているということ。

 

 

ワタクシもそうでした(いまでも)。

 

当時はどんなに正社員を望もうとも、

 

その枠が空いていないからと

 

道をふさがれて、いわゆる次の

 

ライフステージの土台を築けない。

 

 

その日、その月を生きるのを

 

薄給のまま、延々と永遠に続ける、

 

それだけの人生になってしまう。

 

 

そのスパイラルから抜け出すには、

 

自分が辞めて地位をつかみにいくしか

 

方法はないのだと悟った。

 

 

まだやりきっていない人生を

 

あきらめと絶望のなかで漂うだけ。

 

 

思い描いた人生と違うとしても、

 

容易に修正できない、逆転が困難。

 

 

次第に、とりあえず生きるために

 

働き続けるしかないと割りきる。

 

 

淡い希望すら捨て、時々降って湧いてくる

 

勝ち組への強烈な嫉妬心に苛まれながら。

 

 

将来への不安がちらつくだけで、

 

眠れなくなるくらいなら、いっそのこと

 

何も考えないほうがマシだ。

 

解決できないストレスを抱えるくらいなら。

 

 

こんな人、たっくさんいます。

 

彼らに国ができることは?

 

 

最後の挑戦として起業して闘う。

 

その道を指し示し支援することも

 

しなきゃならないのでは?

 

 

もちろん独りでなくてもいい。

 

同じ境遇の人が集まり、

 

自分たちで地位をつくる。

 

 

すでにある助成の仕方だけじゃダメ。

 

ステップを踏めずに生きてきた人は、

 

自信もお金もないからためらってしまう。

 

 

アタマでっかちでない

 

導き方、励まし方、支援の仕方を

 

考えなきゃいけないんです。

 

 

すでにやり方があるじゃないか。

 

そのやり方で各自頑張ってください。

 

ダメなら生活保護を受給してください。

 

 

これ、ホントに助けようとしてる?

 

制度を整え、当てはまる人を

 

制度に沿って、マニュアル通りに

 

素っ気ない「処理」をする。

 

 

処理のもう一歩、いや百歩進んだホドコシ。

 

それが叶えられる環境づくりをする。

 

お荷物になるばかりで、社会のために

 

ホドコシ返すこともできないまま。

 

こんな国に未来はあるだろうか?

 

 

一番大事なのは、これまでのような

 

誰かのつくった箱に、リードされるように

 

入るのではない、別の導きをすること。

 

 

会社に入ろうとするから競争に負ける。

 

負けた人はどうすべきなのか?

 

 

自分の中にあるこれをやりたい、

 

チャレンジしたいという意思に、

 

その自分の意志にリードされるように

 

導く環境を自分たちでつくるんです。

 

 

いまありきの会社に入ろう入ろうと

 

必死になり、解決策はこれしかないと

 

思い込んでしまっていないか。

 

 

イスがないならイスをつくる。

 

そして既存と闘う、渡り合う道も

 

私たちには残されている。

 

 

終わりが見えているのなら、

 

終わりを待つだけで終わるのか。

 

終わりを決めているのは、

 

自分自身ではないのか。

 

 

道はひとつじゃない。

 

しかし、ひとつに見せてしまう。

 

だからひとつだと思い込んでしまう。

 

 

その道に、そのイスに。

 

勝ち組のわずかなイスの最後尾に

 

そこしか望みはないのだと、

 

どっと混む。

 

 

そのサイトだけじゃないでしょ?

 

 

イスに座る権利を得ただけで

 

同じ土台に立てば人間、

 

そんなに大差はないのだと

 

みんなわかっている。

 

 

彼ら勝ち組がやれるなら、

 

私たちにだって当然できるんです。

 

その打開の場が無いなら、

 

つくるしかないでしょう。

 

 

そういう場をつくるんです。

 

そういうドットコムを。