人の心がちょっと、
なんだか様相が変わってきたか?
と思うことがある。
褒め合っていないと
どこか不安になる心理が
心の中に巣食っている。
いつどこで悪口を言われているか
わからないから、物事の大小構わず
あらゆるものに予防線を張り、演じる。
すんごい失敗したくなくて、
上っ面だけの言葉や行動に
なっちゃっている。
その反動というか、
人間がよくやる、真実と逆の行為で
解消するみたいな心理あるでしょ?
好きな子をいじめるみたいな。
そういう心理からか、
他人の上っ面の言葉や行動を
狂気に満ちて狩り始めて、
地獄の果てまで追い詰めていく。
自分のなかにヘンなストレスを四六時中、
抱え続けているみたいな感じ。
巣食うものからは誰も救えない。
すべては自分自身で決めること。
かなり腹を決めてかからないと。
やっかいな問題です。
他人のミスをみつけたら
ここぞとばかりに集中砲火を浴びせる。
自分のなかのストレスを
カオナシ状態のまま、放出させる。
みんな苦しいんですよ、ホントは。
こんなこと言っちゃなんだけど。
みんなどこか、あのアニメのカオナシと
おんなじなんじゃないか・・・
でも、相手が緩めないから
自分も緩められない。
って、お互いにそう思ってる。
おんなじですよね、
お前んとこ核兵器持ってるなら
ウチだって核兵器持っとかなきゃ、
みたいなこととね。
武器を構えるから、相手も構える。
おろして丸腰でいく勇気をみせる、
あなたに信頼と命、預けるよ、と。
その懐の深さこそ、氷解への道。
ホントの賢さってそっちでしょう?
武器は言い換えれば、知識やスキル、
社会的地位とおんなじ話です。
そもそも、忘れていないだろうか?
バカみたいなことをして笑いあう。
それを私たちがしなくなってきていること。
大人も子どもも、ふざけて笑えないくらい
ヘンなプレッシャーのなかで生きている。
クソマジメな学級委員が
社会の枠の上の上に、上がっていって、
仕上げた社会ですから(笑)
残念ながら、彼らのセンスでは
笑えたり、息抜いたりができない
重苦しい雰囲気にしちゃうんですよ。
完ッ壁につくりあげようとする、
人づくりがヘタなタイプが上に行くから。
すんごく大事なことなんです。
バカみたいなことをして笑うってのは。
それがわかっていない。
それはね、バカみたいなことをして、
笑いあった経験をしてこなかった、
笑いのなかで育ってこなかったから。
いまの世の中は、クソマジメバカで
埋め尽くされようとしているんです。
ヘンな論調へ流れていきそうな
どこいっちゃうんだ?自分(笑)
なんかスゴイことや感動すること、
レベルの高いことを称賛したいとか、
求めすぎている風潮があるでしょ?
たぶんそれはSNSとかで
いいね、スキ、と承認されたい。
だから必要以上に飾り、整えて出す。
そういう流れが出来つつあるんですよ。
でもその裏にあるのは、責められる隙を
見せたらダメだと、失敗を極端に恐れる心理。
そのストレスを真逆の行動で解消する真理。
あると思うんですよ。
想像してたらそんな気がして。
バカなことをして笑うのは、
仲間内でやっていた他愛もない
バカのエール交換なんです。
なんにも考えずに笑い合える、
他愛もないが、かけがえのないもの。
いまは「早口言葉エール」みたいな、
クッソさっぶいことも
平気で垂れ流す世の中。
気持ちいいのはホントに、少数派(笑)
「ちゃんとしてますよ感」を
演出していたいだけなんですから。
ホントのこころじゃない。
子どもたちもヘンなこと気軽に言えないから
妙にかしこまってロボットみたいな受け答え。
近頃の若者が人間らしくない理由が
こんなところにも見受けられる。
「バカのスペース」を自分のなかに
残しておいたほうがいいと思いますよ。
今後のために、マジメな話。ホントに。
そのハンドルのゆとりみたいなものが、
いいアソビが社会のクッションになり、
人を許せる余裕をもたせてくれるから。
全部を救おうとして、全部を苦しくする。
マジメすぎる学級委員たちがつくる流れ。
そろそろイナシていきましょうよ。
ポイントは対決しないことです。いなす。
対決すると、どうしても両者苦しくなる。
前と変わらない構図に拍車かけるだけ。
そもそも彼らは、笑うことすら欲していない。
よくすることだけ、正しくいいコトだけで
埋め尽くしたいだけなんだから。
一時期、悪ふざけが過ぎて、
SNSに上げて、SNSで叩かれる。
その流れがあって叩きやすくなった。
ミスをしちゃいけない心理戦みたいな
心の消耗戦に持ち込むと、なんでいまさら
そんなことに気をつかわなきゃならないの?
ってくらいアホらしい感情も湧いてくる。
叩き合い、ミスの探り合いは
ガッチガチで面白くない。
柔道で「指導」受けたみたいなもんで、
組み合わない、組み合おうとも。
だから、かみ合わない。
意見ばかりが乱立しても、
互いに組み合ってないから
本質的な妥協点も、
前に進む議論も生まれない。
ネット中心で距離があるから
互いにリアルに近づけない。
近づけさせない。
何ディスタンスだろう?
距離をとればとるほど、いまの時代
悪くなるおそれが高まる逆効果。
この課題は、私たちはもっと真剣に
考えてもいいと思う。
クソマジメなエリート社会より、
私たちの笑える社会、許せる人づくりへ。