人がどんなに技術を進歩させようとも

人を惹きつけたり感動させたりするのは

技術の進歩による産物ではなく

「人が生身で生み出す何か」

ではないだろうか



生身の人間が磨き上げた修練によるタマモノ

これに人は感動と尊敬を向けていく

より便利に機械が進歩する社会になったからこそ

「人が生身で生み出す何か」は余計に輝きを増す



アレを使えばコレで補えば便利にボクでもワタシでもできるようになる!!

こういうのって、人間としては「なんか負けてる感覚」が心のどこかにある

人間が自分を修練することによって自分自身のなかから

生み出す何かを、人を惹きつける何かにつながるものを…求めていく



自分にも何かできるのではないかと考え始めたのが

頭のなかのアイデアの具現化、言語化というライフワーク

なるべく自分で考えて、想像して創造していく…

これでどこまでやれるのかを試してみたい

これには技術も資格も何もいらない

必要なものは、数値化されない自分の価値を信じること



たぶん、技術を使いこなす人間はたくさん出てくる

現にほとんどが「自分以外の技術」に依存する社会になったからこそ

自分を探求する価値がより希少になっていく



イチローの美学みたいなものはこういうところにあるのかな

人が磨いて、人が気づいて、人がよろこぶ

ここに機械や技術の産物がないほど

何物にも代えがたい感動も尊敬も増すだろう



機械に頼るのはいつだってできる

もしかしたらもっと簡単に機械に頼れるよう

改良されるかもしれない、そうなったら人も終わってる(笑)



頼るのはもっと年老いてからでもいいかな

まだまだ挑戦できるうちは、生身で生み出す何かを

追求していきたいし、生身が生み出す匠の技を

自他ともに認める、評価できる社会であってほしい

たぶん人間として捨ててはいけない最後のプライド

そんな感じがするんですよね