なんにでも文句をつけ、それは外野がクチ挟む問題じゃないよ
ってことが多すぎますね
クレーマーな人は、いつの時代も一定の層がいるのでいなくなることはないし
その程度の差があり、すべての解決は難しいのになぁ・・・
意外にクレーム行為自体で発散することによって、ミッション終了のときもあるし
その行為に完全につきあう責任がある場合とそうでない場合もある
インターネットの普及とともに年々要求がエスカレートしていくんですが
それは可視化されてしまうこと、無駄に加速がつくことが原因です
正論とネタミソネミ、そこまでいかないまでも
なんかムカつくなど、いろんな感情が渦巻く
厄介な存在に成り下がっていることを本人らは自覚していない
間違いを正せ!と糾弾することで発散して終了するケースである場合
何かみえない架空の存在に対して謝罪させる構図をつくり
これをみて、ざまぁみろというストレス解消なんですから
文句をつけられる側は無理に解決しない勇気ある選択も必要
というスタンスを絶対に忘れてはならないのです
世間に流されてなにもかも叶えてやれば社会全体がバランスを欠く
日本人は右を向けば、みんなを右に向かせようとする心理を働かせる
これがものすごく怖い
かつてのオイルショックのころもそうだったんでしょうね
震災のときの買い占め騒動も同じ構図です
こういうところこそ、直していきたい、進歩していきたい人間性ですね
当事者じゃないのに首をつっこんでくる存在が
一番話をややこしくする
当の外野もそれもわかってて絡んでくるんでタチが悪い
加担してるのはマスコミでしょう
狙いもバレバレなんですが、みんな見てしまうという心理は
どこか大きな媒体が「そのスタンスを取りません」と宣言するくらいでないと
日本では変わりようがないですね
取り上げられずに可視化されずに風化させていいものもある
その風化によって善と悪はバランスとれるんだろうと思います
あちらを立てれば、こちらは立たずで
これも受け入れ、それでも前に進む人で世界は成り立っているんだと思います
なにもかもキレイにしたい正したい、良くしたいという
五感潔癖症は逆に人類を殺しかねないのではないでしょうか