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オレンジ応援日記

法政大学体育会バスケットボール女子部『HOSEI ORANGE WITCHES』応援ブログです。

ちょっと前になりますが、観てきました『劇場版 マジンガーZ』

1972年の作品ですが、この45年間、様々な媒体で紹介され、いまだに人気のアニメです。
私も、リアルタイムで原作コミックを持ってましたから、懐かしい作品でもあります。

何十年前のリバイバル作品でもあり、映像自体は新しくも懐かしく作っており、
現代のファンが見てもワクワクするのですが、内容も子供向けではなく、40年経った大人たちに
向けたメッセージがふんだんにありました。

ネタばれしてしまうので多くを語りませんが、
『多様性こそ人間の弱点』
というのがあって、世界を取り巻く現状において、とても深いテーマになっています。

機会あれば、必見ですね。
昨日のことになりますが、法事に行ってきました。

私のいとこの子にあたる子で、事故で10歳で亡くなって23回忌でした。
葬式に出た時も、子供の葬儀ほど辛いものはないな、と感じましたが、生きていれば33歳でしたから
残念なことです。

法事明けに、久々に親戚で話したりしまして盛り上がってはきました。
あけましておめでとうございます。

『一年の計は元旦にあり』
と言いますが、私の一昨年の一年の計は『対話』、去年の一年の計は『変革』でした。
https://blogs.yahoo.co.jp/obusuke_1213/66114952.html

去年は、色々と変化の激しい年で、様々な場面場面で、単なる「変化」ではなく、
物事を変えて『新しくする』ことである『変革』が出来ました。


そして、今年2018年(平成30年)の『一年の計』ですが、
『飛躍』
で行きたいと思います。

去年が『変革』の1年で、今年は色んな場面でより戦いが多くなる、まさに戦闘状態に突入すると
思ってます。

以前観た映画の一節。
「息をしてるのが生きてることじゃない」
「心臓が動いてることが生きてることじゃない」

『父母が田畑を耕すように』
『母が子供を産み落とすように』
『生きると言うことは戦うことです』

生きている以上、戦うことは不可避です。

そんな人生の戦いに疲弊することなく、ポジティブにモチベーションを保って、
大きく『飛躍』できる年にしたいと思います。
もう、あと1週間しかないのですね。
やりきれないことだらけだな。
って言うことで公開初日に観てきましたスターウォーズ最新作。

20:45のレイトショーで、私はギリギリに行ったんですが、残り10席あるかどうかで、
ほぼ満席でした。

内容はネタばれもあるので多くは語りませんが、予想していた展開もありながら、
予想外の展開もあり、いい意味での裏切りもあり、なかなか見応えありました。

スターウォーズ各三部作の真ん中は、起承転結の「転」の部分ですから、ここから最終章に
向けて、どのような展開になるか楽しみでもありますね。

2時間40分の上映時間ですが、相変わらず色んなエッセンスもあり、あっという間に感じました。

スターウォーズファンならずとも、必見ですね。
本日、と言いますか、時間的にはもう昨日になってしまいますが、12月13日は私obusukeの
誕生日になります。

いよいよ50歳。
半世紀生きたことになります。

なってみるとあっという間ですかね。
感覚的には、この間高校を卒業したばかり、と言いますか、精神年齢的にも普段の言動も何から何まで、
結局高校生の頃とは変わってないからでしょうか。

時代的に、両親にとって遅い生まれの長男なので、母にしてみると息子が50歳になるなんてのは、
想像できなかったみたいです。
実際、父が亡くなった時は、まだ39歳でしたし。

さて、去年も書きましたが、
https://blogs.yahoo.co.jp/obusuke_1213/66096916.html
織田信長が愛した『敦盛』の一説に、
『人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり』
とありますが、人間の一生は天界に比べたら儚いものだ、と言う意味です。(『化天』というのは天界のことで、天界の人々の一生は8,000歳)

大宇宙から見れば、儚い50年ですが、人それぞれに重く尊い50年です。

そんな織田信長も、49歳で本能寺で斃れました。

私の夢幻の人生も、あと何年残っているかはわかりませんが、より強く戦って行きたいと思ってます。


そうそ、obusuke50周年イベントは1年間続きますので、この1年いつでもプレゼントお待ちして
おります。
先週のことになるのですが、祖父の50回忌法要に行ってきました。

私の祖父は私が1歳の時に亡くなっているのですが、孫たちが赤ん坊の頃は、
みんなが祖父の口に指を入れて、おじいちゃんに「あんぐあんぐ」してもらっていました。

祖父の臨終の直前、枕元で最後に「あんぐあんぐ」してもらったのが私で、
意識ない中でも、私の指を口にして「あんぐあんぐ」したそうです。

そんな祖父の50回忌。
祖父のことを直接知っている世代は随分といなくなっていますが、それでも曾々孫の代まで集まり、
祖父の思い出を語りながら、相変わらずの大騒ぎの法要でした。