



http://blogs.yahoo.co.jp/obusuke_1213/60253875.html
去年は名古屋だったのですが、
http://blogs.yahoo.co.jp/obusuke_1213/56282377.html
ほぼ全国大会のみの日程で、観光らしい観光は出来ませんでした。
元々先月亡くなった副会長と一緒に参加予定だったのですが、
http://blogs.yahoo.co.jp/obusuke_1213/60088691.html
去年の反省も踏まえ、観光コース含め1泊増やしたんです。
結局副会長が亡くなったんで、私1人ぽっちの参加になりました。
んで、沖縄って初めてだったんですが、日差し強かったですね。
大会が終わった昨日は首里城の観光、今日の最終日はひめゆりの塔記念館の見学でした。
『ひめゆりの塔』
ここの見学は、ホント感慨深いものがありました。
大東亜戦争、いわゆる太平洋戦争において、唯一日本国内で地上戦のあった沖縄で、
多くの若い女学生たちが戦死した場所です。
色んな資料や記録を読んで、身に詰まされるところもありましたが、実際に当時生き残った方が、
直接お話しているのを聞きました。
その方が「私は生き残ったのではない。生き『残された』のだ。この悲惨な出来事を
私たちが伝えていくこと、その事実を訴えていくこと、そのために生き『残された』んだ」
と言うようなことを語っておりました。
10代半ばで、その若い生命を戦火で散らさなければならなかった女学生たちの無念。
私の伯父も1人25歳の若さでビルマ沖で戦死しています。
私の母がもう4~5年早く、しかも沖縄で生まれていて、ひめゆりの1人だったとしたら、
私もこの世に生まれてくることが出来なかったかもしれません。
自分の生命は、そういう繋がりの中で生まれてくるものです。
現在の子供たちをそんな目に逢わせてはいけませんね。
私たちの世代の責任の重みを痛感します。
日本と世界が、本当に平和で、緑の地球を次世代に残すためにも、しっかり歴史を
受け継いで、行動していかないとなりません。
そんなことを考えさせられた沖縄ですが、実は到着すぐに目に付いたのが、明らかに
日本の自衛隊とは違う迷彩の米国軍車両でした。
日本の安全保障の根幹が日米安保条約ですが、その事実として、最もアメリカ軍基地が
存在しているのが、第二次世界大戦の日本で唯一地上戦が行われた沖縄なのです。