『我、いまだ木鶏にあらず』
昭和初期の大横綱双葉山が残した言葉。
『木鶏』とは、中国荘子に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない
闘鶏における最強の状態をさします。
双葉山が普段から愛した言葉で、双葉山本人が目指した究極の強さが『木鶏』です。
不滅の69連勝を阻まれたとき、その後連敗をしてしまった双葉山が知人に宛てた電報の内容が、
『我、いまだ木鶏にあらず』
『心・技・体』が備わってこその横綱であり、その横綱の中の横綱であり、69連勝を果たした
双葉山でさえ、自身がまだまだ未熟である、と言っているのです。
スポーツはメンタル面が重要と言われますが、とかく大相撲の横綱は「品位」と「精神力」が
とても大切なんですね。
強いだけではだめ、精神的にも大相撲を象徴する存在でなければならない。
ここのところ騒がせている朝青龍問題ですが、このニュースを見るたびに、この双葉山のセリフ
『我、いまだ木鶏にあらず』を思い出します。
大相撲300年の歴史で69人しかいない横綱です。
天下無双であり、日の下開山と言われる横綱です。
その伝統と重みをわきまえた朝青龍の今後の対応を望みたいと思ってます。