「美味しんぼ」議論がますますヒートアップしてるようだ。
既に様々な方面の著名人の方々がコメントを出していたり、
各メディアでも報道されているので、ここで真偽について議論するつもりはない。
ただ、個人的に2点だけ気になることがある。
まず1点目。
「美味しんぼ」では、これまでも食を切り口に各種社会問題を扱ってきた。
幅広い読者層を持つマンガというメディアでこのように社会的テーマを取り扱うことは、問題意識が希薄な層に興味を持たせるという点で有効なアプローチであったと思う。
しかしそれは、あくまで作者の視点であるという事を共通認識として持つということが前提でなければならない。
同作品はドキュメンタリー色が強いのが特徴であるが、あくまでエンターテイメントとして話題を提供するものであり、ジャーナリズムとしての役割を担っているものでは決してない。
ではなぜ放射線被爆について、その直接的影響を主人公の身体的変化を通じて読者に語りかける必要があったのか?
むしろ、今なお風評被害にさらされている福島及び近隣の農業、漁業、その他食に携わっている人たちの取り組みや苦労を発信し、彼らの努力に資するような描き方もあったのではないだろうか。
まして福島に人は住めないなどというコメントを掲載するのは正直理解できない。
もし、作者が政府や役所、エネルギー企業に対し憤りを持ち、彼らに対し発言をする意図を持っていたのであれば、山岡や海原に代理発言させるのではなく、
別の方法で直接行うべきだったと思う。
次に、
本件に対しコメントを出している政治家センセーや抗議をしている行政関係者にも目が点である。
上記の「美味しんぼ」描写の本質は、君たちに向けられた「怒り」なのだと思う。
事故後から今にいたるまでの、国、役所、関連団体、企業の無策を棚にあげて本件にコメントを出したり、抗議を行う事は全くの筋違いではないだろうか?
むしろ精緻に調査を行い、真摯に状況報告をしてきたならば、ここまで、国民が心配する状況にはならなかったのではないか?
あなた方が今やるべき事は、マンガで書かれたような状況をただ否定し、決まり文句のように福島の安全性を語ることではない。放射能は危険であるという前提に立って、情報を開示することである。
さらにはこのような問題提起や真偽追求はジャーナリズムの役割の範疇である。
それを、この問題だけとらえて、半ばゴシップ記事のごとく報道しているのは如何なる了見なのだろうか?
(権論や表現の自由云々があれこれ言われるような事態じゃないよね。)
