ということで、日々いろいろ考えてしまうことが多いのです。
たとえば、この記事の下に広告が出ますが、十牛図の広告などが
掲載されています。
正直申し上げて、私どもの宗派とはまったく関係のない方が
こういう書籍の広告を出す訳で、禅宗は拘らない宗派とはいえ、
一応オフィシャルなHPの ブログなわけですから
とても困ることなのです。
いろいろ考えてしまいますが、そういう広告が嫌であるならば、広告など一切無いところへ引っ越すしかありません。
それも検討課題として、年度中に動きがあります。
よろしくご理解くださいませ。
本日は急用につき坐禅会を欠席いたしました。
私が欠席をしても、ちゃんと参加者さんたちが坐っていただいてるようで
ほんとに助かります。
8月からの暑さでセミが鳴かないと、ご近所の和尚さんがこぼしておられましたが、まさにそのとおり。ずいぶんセミの声が少なかったと思います。
ツクツクボウシが9月になってようやく聞こえるようになりました。
それもほんの2~3日だったようです。彼らは気温やら湿気やらに左右されるのでしょうか。今年こんなに鳴かなかったら、来年は大丈夫かしら?
例年なら彼岸花もそろそろ芽を出して開花の準備をするのですが、今年はその気配すらありません。
明後日からお彼岸の入りですが、今年は少しいつもと様子が違ってるみたいです。
何はともあれ、皆さんせっかくの機会ですから、ぜひお墓参りお寺参りをなさってください。
私が欠席をしても、ちゃんと参加者さんたちが坐っていただいてるようで
ほんとに助かります。
8月からの暑さでセミが鳴かないと、ご近所の和尚さんがこぼしておられましたが、まさにそのとおり。ずいぶんセミの声が少なかったと思います。
ツクツクボウシが9月になってようやく聞こえるようになりました。
それもほんの2~3日だったようです。彼らは気温やら湿気やらに左右されるのでしょうか。今年こんなに鳴かなかったら、来年は大丈夫かしら?
例年なら彼岸花もそろそろ芽を出して開花の準備をするのですが、今年はその気配すらありません。
明後日からお彼岸の入りですが、今年は少しいつもと様子が違ってるみたいです。
何はともあれ、皆さんせっかくの機会ですから、ぜひお墓参りお寺参りをなさってください。
府主王常侍、諸官と師を請じて陞座せしむ。
師、上堂、云く、山僧今日、事已むことを獲ず、曲げて人情に順って方に此の座に登る。
若し祖宗門下に約して大事を称揚せば、直に是れ口を開き得ず、你が足を措く處無けん。
山僧、此の日、常侍の堅く請ずるを以て、那ぞ綱宗を隠さん。
還た作家の戦将の、直下に陣を展べ旗を開くもの有りや。衆に對して證拠し看よ。
ということでいよいよ 臨済録を読み始めました。上堂は上の文章で始まります。
臨済和尚の意気込みが伝わってきます。
涼しくなってきました。座りやすい時期なので、気後れすることなく大勢のご参加をお待ちしています。
師、上堂、云く、山僧今日、事已むことを獲ず、曲げて人情に順って方に此の座に登る。
若し祖宗門下に約して大事を称揚せば、直に是れ口を開き得ず、你が足を措く處無けん。
山僧、此の日、常侍の堅く請ずるを以て、那ぞ綱宗を隠さん。
還た作家の戦将の、直下に陣を展べ旗を開くもの有りや。衆に對して證拠し看よ。
ということでいよいよ 臨済録を読み始めました。上堂は上の文章で始まります。
臨済和尚の意気込みが伝わってきます。
涼しくなってきました。座りやすい時期なので、気後れすることなく大勢のご参加をお待ちしています。
今日も無事に坐禅会終わりました。臨済録を読み始めましたが、
自分で下読みしてると面白くてついつい読み続 けてしまいます。
原文はもちろん漢文なので読むこと自体は大変なんですが、すばらしい訳が何冊も出版されていて、それを読み比べてみると、いろんな違いが見つかります。現時点ではどれが間違ってるとかいう話ではなく、どの方の訳を読んでみてもそれぞれの解釈の違いや、立場の違いで読み方が違うこと、さらには今まで判らなかったことも時代とともに解読されてきて、新しい読み方になったりとか。おそらくこれからもどんどん変わっていくのでしょうが、私も生きている間にずっと見続けようと思っています。
さて、本題。カーナビでうちの寺に来ようとすると、絶対にたどり着けません。
昨年カーナビ搭載してみて初めて判りました。
ホームページにお寺に来るための地図を掲載して、注意を呼びかけています。
最先端の機械といえど、まだまだ万全ではありません。中には「お宅のお寺は本当に実在するんですか?」という問い合わせまでありましたから、皆さんの混乱は無理もないものだったのでしょう。
自分で下読みしてると面白くてついつい読み続 けてしまいます。
原文はもちろん漢文なので読むこと自体は大変なんですが、すばらしい訳が何冊も出版されていて、それを読み比べてみると、いろんな違いが見つかります。現時点ではどれが間違ってるとかいう話ではなく、どの方の訳を読んでみてもそれぞれの解釈の違いや、立場の違いで読み方が違うこと、さらには今まで判らなかったことも時代とともに解読されてきて、新しい読み方になったりとか。おそらくこれからもどんどん変わっていくのでしょうが、私も生きている間にずっと見続けようと思っています。
さて、本題。カーナビでうちの寺に来ようとすると、絶対にたどり着けません。
昨年カーナビ搭載してみて初めて判りました。
ホームページにお寺に来るための地図を掲載して、注意を呼びかけています。
最先端の機械といえど、まだまだ万全ではありません。中には「お宅のお寺は本当に実在するんですか?」という問い合わせまでありましたから、皆さんの混乱は無理もないものだったのでしょう。
夏の間はどうも暑くて坐るどころではありませんでした。
先週ぐらいから日が暮れると涼風が吹くようになりましたので、少しずつ季節の移り変わりを肌で感じることができます。
9月からは「臨済録」を読み始めます。この古典は実にすばらしいもので、読む度にどきどきさせられます。
メインでも少しずつアップしていく予定です。
先週ぐらいから日が暮れると涼風が吹くようになりましたので、少しずつ季節の移り変わりを肌で感じることができます。
9月からは「臨済録」を読み始めます。この古典は実にすばらしいもので、読む度にどきどきさせられます。
メインでも少しずつアップしていく予定です。
これは新幹線に乗る前に東京駅八重洲口にある大丸の地下食にある崎陽軒のシウマイ弁当780円です。
前から一度食べたかったので、思い切って清水の舞台から飛び降りた気分で購入。
ふたを開けてみると、シウマイが燦然と輝く5個入り。竹の子の甘辛煮 から揚げ、かまぼこ、卵焼き、柴漬け、乾し杏子も入っていて、歴史の重みを感じる弁当です。しかも、曲げワッパ風の弁当箱は捨てるのが惜しくなるほどのこだわりです。
昭和人らしく、蓋についた米粒も丁寧に食べます。
満足できるお弁当でした。
目的地に到着、長浜から一路高月へ。
渡岸寺の十一面観音像を拝観。静かな佇まいとまことに美しい観音像と20年ぶりの対面でした。
改めて見てみると、造型がしっかりしており、現代の作品と言われても疑えないほどのバランスの良さです。
作者の技術力とセンスは素晴らしいものだと思います。
さらに、国友町へ移動します。
国友一貫斉の屋敷跡です。堂々とした家屋で、思わず足を止めてしまいました。
最後に琵琶湖湖岸です。水平線を久しぶりに見ました。豊かな自然にしばし身を任せてしまいました。





