~~~ネタバレ・長文要注意!!~~~

チラシを見た瞬間に
「面白そう!」と思った『落下の解剖学』。



"雪山の山荘で、男が転落死した。
男の妻に殺人容疑がかかり、
唯一の証人は視覚障がいのある11歳の息子。
これは
事故か、自殺か、殺人かーー。"

サスペンスやスリラー、ミステリーが
大好物な自分には魅惑的な宣伝文句。

主演のザンドラ・ヒュラー。
ナチュラルなショートヘアがお似合いで、
チラシ裏の笑顔がとっても素敵!
演ずる主人公サンドラと
夫サミュエルとのほのぼのツーショット。
こんな素敵夫婦に何があったのか……?
ということよな。
事故なのか自殺なのか他殺なのか!
これは是非映画館で確かめねば!
そんな軽い気持ちで出掛けて……。

…見事にハマり、
結局2回観に行ってしまった…。

◽◽◽◽◽◽◽◽

結論から言うと、
妻サンドラが夫サミュエルを殺害したのか、
サミュエルの自殺だったかは分からぬまま。
サンドラのサミュエル殺害容疑が晴れた、
というだけである。

あくまで家庭内での問題であった
夫婦の揉め事や秘め事が、
「夫の死」により、世間に晒される。
法廷という公の場で赤の他人に審理され、
たくさんの赤の他人に傍聴される。
特にこの映画でのフランス地方都市の法廷、
時に傍聴人の笑いまで起こる始末である。
そんな中で、自分たちの過去や秘密、
性的嗜好までも暴かれ「解剖」されていく。

以前は都会(ロンドン)で暮らしていた、
ドイツ人であるサンドラ。
最初にフランス語で証言している間は、
理知的な「作家」イメージそのものの彼女。
しかし審理が進む中で、
不得意なフランス語ではなく、
英語に切り替えて証言を始めると
彼女のそつのない態度がぐらつきはじめ、
彼女の本来の性分がちらちらと現れ出す。
その過程にグイグイ惹きつけられた。

劇中重要な、
サミュエルが録音していた夫婦の口論が
法廷で流された時。
予告にもあった二人の映像も流れるが、
後半の音声だけの迫力ときたら!!

息子ダニエルの事故が原因で生じた
夫婦の現状と、お互いへの不満。
夫婦のエゴとエゴがぶつかる様に
ただただ圧倒され…。
特にサンドラ…。
そ、それ以上は言っちゃあかんやつ…。
後で「さっきはごめんね」で済まんやつ…。
"自分らしく生きることが大事"という
ポリシーを強く持つサンドラの攻撃に、
完全に打ち負かされるサミュエルと…自分。
ザンドラ・ヒュラーの熱演がすごい。

言葉はキツイが、
的を得ている部分もあるだろう。
愛しあい、誰よりも側にいるからこそ分かる
相手の…欠点。
それをあれだけ激しく
包み隠さず指摘されたのでは、
ただでさえ精神的に参っているサミュエルに
これ以上反撃などできようか。

「You're a monster.」という
サミュエルの言葉が法廷に響き渡り、
ここから再び音声のみが流される。
この後の激しく争っているような物音が、
サンドラの暴力によるものなのか
(最初に顔を叩いたというのは認めたが)、
サミュエルの自傷行為なのかは
分からぬままだが、
傍聴人=観客の我々の想像力のみの
脳内再生の判断に任せたことが
ホントに凄いっ!
ここまで、完全にサンドラが悪い
としか言えないじゃん!

しかし…。
意地悪く聞こえるかもしれないが、
サミュエルが作家としての才能がないのは
編集者の友人から返事がなかったことからも
なんとなく窺える。
アイデアはあっても書けない。
時間が取れないことを
言い訳にしていたのでは…と。
妻の作家としての成功をやっかむ、
そんな自分にも苛立っていたのでは。

まぁ、サンドラにしたって、
サミュエルに拒まれたから
浮気したと言っているが、
(性的な嗜好は別として)
もともと多情の気があったのでは…と。
今もまだ自分に気があるだろうヴァンサンを
弁護人にチョイスするあたり…。

もちろん、これらの事は本来
プライベートなものであり、
他人に表立って非難されるべき事ではない。
しかし「法廷」では
それらが赤の他人にあれやこれやと
考察されるわけで…。

裁判の終盤ごろ、滞在しているホテルで
サンドラが観ていたテレビ番組。
彼女の著作や過去のインタビューから
彼女の真実を掘り起こそうとする出演者達。
そしてコメンテーターが言う。
「自殺より作家の妻が殺したほうが面白い」
…そうなのよな。
この裁判の傍聴人も、この映画の観客も、
そう思ってた。ってことに気づかされた。
当事者にとってはなんて残酷な事だろう…。

本編が2時間半という長さなのに、
BGMが冒頭に流される大音量の
50centの『P.I.M.P』(インスト版)と、
時折ダニエルが弾く数曲のピアノ曲だけ。
これもうまいなぁと思った。
 


我々がイメージする雪山の山荘には
まったくもって不似合いな大音量の!
サミュエルがかけた大音量の『P.I.M.P』。
最初のその違和感。
女学生からインタビューを受ける
サンドラがそれに対して文句も言わない。
それどころか
インタビューを切り上げさせて。
ゆくゆくそういうことだったのかと納得。。
(この曲すっかりクセになって、
家でもずっとかけてる)

そしてダニエルの心中を表すような
彼の弾く切ないピアノの音色よ…。。
父親が死んだうえ、
母親に殺害容疑がかかり、
本来知らなくてもいい両親の秘密まで
公の場で知らされるはめに…。
何よりも、
全ての原因は自分が事故にあったせいと
抱え込んでしまったに違いないダニエル…。

監督のジュスティーヌ・トリエ曰く、
この映画には回想シーンを
使わないと決めていた、と。
ここでの回想とは、
客観的に過去の事実を振り返ること。
・サンドラとサミュエルの口論のシーン。
・かつて飼い犬スヌープを病院に
連れていく車中での父子の会話のシーン。
これらは一見回想シーンのようだが、
前者はサンドラの記憶か、
法廷でこの口論を聞いている人々の
イメージする映像なのか。
後者はダニエルの記憶による
主観的な映像で、とても曖昧なもの。

しかし。一年後。
この車中での記憶をもとに、
ダニエルが愛犬スヌープと共に
ある実験を行い
(スヌープ役ワンコ迫真の演技!)、
彼なりのサミュエルの死の結論を出した。
それを証言したことで、
確実に裁判の行く末を変えた。
その結果、サンドラの殺害容疑が晴れたのだ。

物語の始めでは、父親の死に
ただ泣きじゃくっていたダニエル。
そんな彼が、裁判を終えて久しぶりに
会った母親をしっかりと抱きしめるラスト。
むしろサンドラのほうが幼子のよう。

彼は選んだ、自分が納得のいく真実を。
悩んで悩んで、考えて…。
かつてサミュエルが言った通り、
ダニエルの人生は続いてゆくのだから。

この映画は
サスペンスやスリラーの顔をした、
ダニエルの成長の物語だった。
前者だとサミュエルの死の真相が分からず
モヤッとするが、
後者だとスッキリするのである。
うまいなぁ…。

でもね。それで終わらなかった。
ホントに一番最後のシーン。
最大の違和感を感じることに。
きっと観客の皆々様もあれ?と
思ったのでは。

ダニエルの部屋のある2階から
1階に降りてきたサンドラ。
疲れきったのか、
そのままソファに横になる。
すると、スヌープがやって来て、
サンドラの横にしっかり寄り添うのである。
サンドラも愛しそうにスヌープを撫で、
抱きしめたまま一緒に眠りにつく……。
そして、スタッフロール…。

…ん?あれ??
スヌープってダニエルの犬じゃないの?
サンドラにこんなに懐いてたっけ??
あれ???
ダニエルの盲導犬的役割も
果たしていたスヌープ…。
サミュエルが落下した時、偶然、
スヌープと外を散歩していたダニエル…。
もし、もしも。
サンドラがサミュエル殺害を計画し、
ダニエルに目撃させないために
スヌープを利用していたとしたら??

その当日に警察の現場検証がはじまった時、
外を彷徨いていたスヌープは家の中に入り、
警察から事情を聞かれているサンドラを
じっと見ていた…。


それに結局、サンドラは
サミュエルの死について
どう思っていたのだろう?
自分に殺害容疑がかかって、
それが晴れた安堵感は垣間見えたのだけど。

…やっぱりサンドラがサミュエルを……?

あー、そんな風に考えられちゃうのよな…。
あー、最後まで、うまいなぁ…!