晴子
わかりました。頑張ります。今は詳細にはかけませんが正岡子規も肺病で床にいても文筆しています。芥川龍之介はクスリのない時代に精神分裂症になりました。先人を見習わなければなりません。ぱっちゃんも子供のころ寝たきりで苦しかったでしょう…でも絵を描き続けています。ごめんなさい…心配かけて、頑張ります。

父より
そばに居てやれないので心が痛みます。断続的に高波のようにやってくるのですね。大分良くなっていたのでしたね。
ぶり返したのは 薬害のためです。投薬で一時しのぎをすれば非常な努力も水の泡になり、もっともっと悪くなると思います。
 周期的にやってくる統合失調症状、てんかん、じっとたえて波が収まるのを待つのです。しばらくどこにも行かないようにして下さい。そのうち収まり、いい状態に戻ります。けっしてあせらないで下さい。

父より


晴子にもう少し投稿しようとしていたらピットクワンの文章が挟まってしまいました。
芥川の精神分裂症と言うのは統合失調症のことですね。「歯車」が最後の作品でしたが、その中に幻聴の苦しさと精神病者の人間不信をよくここまで描けたと思うほど描かれていました。これを書いて間もなく自殺しました。だがこれほどに精神病の心の世界を描いた作品はあまり知りません。さすがに文学者です。
晴ちゃん、ぼくはハンディーを子供の頃から持って長い間劣等感に悩まされました。ましたではなくて真の底に今もあります。
中3で股関節脱臼をやって一年寝たきりになったあの頃は梁にバンドを吊るして首を釣ろうと思ったこともありました。しかし翌年の春先に寝床から這い出して窓のところまで行けたのでした。窓に手をかけやっと外を覗くと裏の小さな空地に仕切られている黒い板塀が見えました。忘れもしません。その黒い塀と黒い土の境目に小さな青草が並んでいたのでした。長い冬を耐えてやっと芽を出した青い草はぼくの心を打ちました。その日からぼくはぐんぐん良くなりました.春には学校に行ける体になったのです。だが父は中学校に戻さず近所の旋盤工場のぼんさんにさせました。
その時、ぼくは「生きよう」、生きることの喜びをきっと覚えたのでしょう。病気をしたことのない人に生きる喜びはわかりません。思春期の最初に病気をしたおかげで「生きる」ことの意味を知ったのです。それから何十年、どんなに苦しいことがあってもへこたれずに生きてこれたのはあの時青い草を見たからです。
それからは悪い方の足を見る時は自分の友だちだと思って見るようになりました。
ドストエフスキーもてんかんでした。てんかんであるからにはその発作だけの問題ではなく、やはり精神病を抱えて生きてきたのです。偉大なこの作家の文学をすべて読んだわけではないのですが、「貧しき人々」、「白痴」、「罪と罰」を読むとすべて異常な精神世界を描いています。しかも克明に。そしてどの本の読後感も絶望ではなくて希望を与えてくれます。
そしてきっと晴子も青い草を見つけるでしょう。