「十月の末」 | ブドリの森

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久しぶりのイーハトーブの世界です。

今回ご紹介するのは、宮沢賢治の童話「十月の末」




「嘉(か)ッコの住む村では霜が降り、雹が降って…。」

今から100年ほど前の岩手の村に住む二人の少年たちの

十月の末の のどかな日常を生き生きと描いた作品です。

ネイティブな岩手弁が理解しにくいところには、私なりの注釈を付けてみました。

どうぞお楽しみ下さい。








ッコは、小さなわらじをはいて、赤いげんこを二つ顔の前にそろえて、

ふっふっと息をふきかけながら、土間から外へ飛び出しました。

外はつめたくて明るくて、そしてしんとしています。
 
嘉ッコのお母さんは、大きなけらを着て、 縄 を肩にかけて、そのあとから出て来ました。




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「 母、 昨夜 ( ゆべな ) 、土ぁ、 凍 ( し ) みだぢゃぃ。」

嘉ッコはしめった黒い地面を、ばたばた踏みながら言いました。

 「うん、霜ぁ降ったのさ。今日は畑ぁ、土ぁぐぢゃぐぢゃづがべもや。」

と嘉ッコのお母さんは、半分ひとりごとのように答えました。

  嘉ッコのおばあさんが、やっぱりけらを着て、すっかり支度をして、家の中から出て来ました。

  そしてちょっと 手をかざして、明るい空を見まわしながらつぶやきました。

 「 爺んごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。 家 ( え ) でぁこったに 忙 ( いしょ ) がしでば。」

 「爺んごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。」嘉ッコがいきなり叫びました。

  おばあさんはわらいました。


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「昨夜は霜が降りたので、畑の土がぐちゃぐちゃだろうね」というお母さん。

「家が忙しいのにお爺さんが酔っ払って帰って来ない」というおばあさん。

小さな嘉ッコもちゃんと聞いていて口真似をするのでした。



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嘉ッコは林に入りました。松の木や 楢 ( なら ) の木が、つんつんと光のそらに立っています。

  林を通り抜けると、そこが嘉ッコの家の豆畑でした。

  豆ばたけは、今はもう、茶色の豆の木でぎっしりです。

  豆はみな厚い茶色の外套を着て、百列にも二百列にもなって、

サッサッと歩いている兵隊のようです。

  お日さまはそらのうすぐもに入り、向うの方のすすきの野原がうすく光っています。

  黒い鳥がその空の青じろいはてを、ななめにかけて行きました。





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「 母、こうゆにしてガアガアど聞えるものぁ何だべ。」

 「 西根山の滝の音さ。」

お母さんは豆の根の土をばたばた落しながら言いました。

二人は西根山の方を見ました。

けれどもそこから滝の音が聞えて来るとはどうも思われませんでした。

  お母さんが向うへ行って今度はおばあさんが来ました。

 「ばさん。こうゆにしてガアガアコーコーど鳴るものぁ何だべ。」

  おばあさんはやれやれと腰をのばして、手の甲で額をちょっとこすりながら、

二人の方を見て言いました。 「天の邪鬼のションベンの音さ。」

  二人は変な顔をしながら黙ってしばらくその音を呼び寄せて聞いていましたが、

 にわかなに善コがびっくりするくらい叫びました。

 「ほう、天の邪鬼のションベンぁ長ぃな。」



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嘉ッコと善コは両手で耳をふさいで、大声を出して遊んでいます。

その音をお母さんは滝の音だと言い、

おばあさんは天の邪鬼のオシッコの音だと言うので、子どもたちは笑い転げます。




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そのうちに嘉ッコがふと思い出したように歌をやめて、

ちょっと顔をしかめましたが、にわかに言いました。

 「じゃ、うなぃの 爺んごぁ、酔ったぐれだが。」

 「うんにゃ、おれぁの爺んごぁ酔ったぐれだなぃ。」 善コが答えました。

 「そだら、うなぃの爺んごど 俺ぁの爺んごど、

爺んご取っ換えだら いがべぢゃぃ。取っ換えなぃどが。」

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嘉ッコは自分のお爺さんが酒飲みなので、善コのお爺さんと取り替えっこしようと言います。



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嘉ッコがこれを言うか言わないにウンと言うくらい ひどく耳をひっぱられました。

見ると嘉ッコのお爺さんが けらを着てタコのような赤い顔をして

嘉ッコを上から見おろしているのでした。

 「なにしたど。爺んご取っ換えるど。

それよりも うなのごと山々のへっぴり 伯父さ けでやるべが。」

 「じさん、許せゆるせ、取っ換えなぃはんて、ゆるせ。」

嘉ッコは泣きそうになってあやまりました。

そこでじいさんは笑って自分も豆を抜きはじめました。


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いつの間にか畑に来ていた嘉ッコのお爺さんがこれを聞きつけて

嘉ッコのことを「山の屁っぴり伯父にくれてやる」と言うのです。




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南のずうっと向うの方は、白い雲か霧かがかかり、稲光りが月あかりの中をたびたび白く渡ります。

二人は 雀 の卵ぐらいある雹の粒をひろって驚きました。

「ほお、雹だじゃぃ。大きじゃぃ。こったに大きじゃぃ。」

  善コも一杯つかんでいました。

 「 俺家 ( おらい ) のなもこの位あるじゃぃ。」

  稲づまが又白く光って通り過ぎました。

 「あ、山々のへっぴり 伯父。 」

嘉ッコがいきなり西を指さしました。

西根の山々のへっぴり伯父は月光に青く光って長々とからだを横たえました。







ここでは省きましたが、ハンチング帽をかぶった外人さんも出て来て、

その西洋人が話す理解不能な言葉に二人はすっかりおびえてしまいます。

(「グルルル、グルウ、ユー、リトル、ラズカルズ、ユー、プレイ、トラウント、

ビ、オッフ、ナウ、スカッド、アウヰイ、テゥ、スクール。」)

最初はドイツ語かなとも思ったのですが、私的に解釈すると

「こら、チビたち、遊んでないで学校に行きなさい」じゃないかなとも思います。


現代のようにTVもゲームもなく、畑仕事をする家族の傍らで 自然の中で遊ぶ嘉ッコと善コ。

二人はまだ西根の山にいるという天の邪鬼や、屁っぴり伯父(山男?)を信じています。

文明の汚れを受けずに育ったから こんなに純粋なんでしょうね。

また、「酔っ払い爺んご」に叱られるところなど、三世代家族の温かさに

ほのぼのさせられるお話だと思います。