[ 真 ]
歩いていた。別にどこに行こうとか考えていなかった。桜子と弘前の町を歩いていた。
道が狭い
「迷路みたいだな」
「そうよ、ここは迷路なの」
「どうどうめぐりでまたもとの場所にいる」
「そうよ、ここは人生なの」
「出口が見つからないよ」
「そんなことはないわ。私は見つけたわ。あなたは見つけないほうがいいの。
それはね、出口を見つけるということは終わりということを示すの。
だって、迷路で出口が見つかったらそこで終わりじゃない?」
「そうだけど。でも、出口が見つかっても、次の迷路にはまり込めばいいんじゃないか?」
「それは次がある人の発想よ。私にはこの迷路が最後なの。
私はそれほど強くはないわ。疲れたわ」
「疲れるのは人間ではないか?」
「明日が見えないとしたら、どうするの?」
「それがいいんじゃないか。どんどん自分を追いこんjで行くことが快楽だと思うけど」
「私はソフトMなの。あなたのハードにはかなわないわ。
そしてね、私は数学をひとつ発見したの。
私には子供ができたわ。
1+1はきっと2とか無限大だわ。
でもね、1+1=0があるということを発見したの」
「1×1=1でもいいんじゃないか」
「そうわいかないわ。私の数直線はマイナスに向かっているの。
今は、もう、プラスを見ることはできないわ」
おれたちは弘前城のお堀の横を歩いていた。
三日月がお堀にうつっている。
すでに花のないしだれざくらが月に触る。
「もう桜はないの。散ったの。わたしも」
おれはいつも現実と夢との境界にいると思っていた。
そして、それ自体が幻であるとわかっていたし、だから、桜子の話が自然におれに入ってきていた。
しかし、どこかで、おれ以外の人がその境界にいるとは思っていなかった。
だから、桜子の話や桜子そのものが幻の幻と思えたし、だから現実ではないと錯覚していたのかもしれない。
桜子はこんなことを言った。
「あなたに会えてよかった」
おれにはまだわからない。
桜子がなぜ現実からいなくなったのか。