今入院している患者さんで、話を聞いていると泣きたくなってくるような方がいる。彼女は数年前ループス(SLE, 全身性エリテマトーデス) と診断された。ループスはラテン語でおおかみを意味する、自己免疫疾患の一つだ。普段は外部から入ってきた異物を無力化するためにつくられる抗体が、体のいろんな組織に反応しそこに免疫系細胞を呼び攻撃させるようになる。根本的なループスのメカニズムをざっくり説明するとこんな感じだが、以下もう少し突っ込んで簡潔に説明してみたい。DNAや体内のたんぱく質に直接作用する抗体が作られ、体中の血管や組織に蓄積されていく。そこで免疫系細胞を呼び寄せて、皮膚、心臓、内臓、脳などで炎症を引き起こして組織を破壊しようとする。影響の度合いや攻撃される組織の対象はルーパスの種類によって違う。ただ、ルーパスにかかって3年から5年もすると、ほぼみな腎臓に影響が出る。血液中のたんぱく質にくっついた抗体はどこかに蓄積しない限りいつか腎臓にたどり着く。腎臓は一日180リットルの血液をろ過していらないものを取り除く役割を担っているからだ。腎臓に流れていった抗体は、そこに蓄積して炎症を起こし、じわじわと腎臓を破壊する。腎臓が機能しなくなると、排泄されるべき物質が血液中に増え、それがまた健康に被害を及ぼす。それと同時に、腎臓が機能しないと、私たちの体は腎臓への血流が不十分になっていると思い、血圧を以上に上げて対応する。その結果、ループスの腎炎を患っている患者さんは血圧が高くなる。

この患者さんは、ループスの診断がついていたので、血液検査を普通の人より頻繁に行う必要があった。妊娠前から飲んでいた薬を続けており、妊娠第一期は特に問題もなかった。だから、先週の血液検査でクレアチニンの数値が、彼女のベースライン値の3倍以上になっていると知らされた彼女は驚きを隠せなかった。血中クレアチニン値は腎臓の機能をはかるのに一番よく使われ、妊娠中は普段よりも少ない0.3‐0.6といった値をよく見る。1.1以下なら普通だ。彼女の数値は3.2だった。その数日後、腎臓の生体組織検査が行われた。腎臓に針を刺して、組織のサンプルを採取し、顕微鏡で観察するのだ。その当日調子はどうかと聞くと、「色々みんなに心配されて、腎機能が低下しているって言われるけど、実際私は元気で普段と何も変わらないから正直とまどっているんです。」と彼女は答えた。診断結果は進行したループス糸球対腎炎。すぐに入院となった。腎臓やリウマチ学の専門医たちと共にループスをコントロールするための治療にあたったが、毎日クレアチニンの値は上がっていき、3日後には3.9になった。同時に血圧もどんどん上がり、高血圧症治療薬の量も増えていった。まだ二十代で、何の症状もないまま腎不全一歩手前と診断された彼女。彼女にとって、青天の霹靂としか言いようがなかった。今回は、彼女にとって2度目の妊娠だった。1人目は、膣からの出血が止まらず救急救命センターを訪れた際、流産しかけていると告げられ妊娠していたと知った。今回は絶対に自分の赤ちゃんのためにできることをすべてしようと、彼女は生活のすべてを妊娠に集中できるよう変えた。二階に住んでいたマンションから一階に引っ越し、大学で児童心理学の講義を受講し始めた。いい母親になれるためもっと子どもの発達について学びたいとの思いからだった。仕事も休職した。母親になることが嬉しくて仕方がないという彼女の様子は誰の目にも明らかだった。

その翌日、私たちはとても厳しい会話をすることを強いられていた。彼女の赤ちゃんが生き延びる週数になるまで、あと2か月弱ある。それまでに、彼女の腎臓は手遅れなところまで破壊されて、もしかしたら彼女は一生透析をするか、腎臓移植を待った生活をしなくてはいけなくなるかもしれない。その上、赤ちゃんが無事に生まれてくる保証はない。死産の確率が圧倒的に一番高い病気はループスだ。もし24週までもっても、24週で生まれてきた赤ちゃんの半数以上は亡くなり、生き延びても一生ついて回る障害を負う赤ちゃんは45~61%になる。それを知ったうえで、中絶をするか、このまま妊娠を続けるかどう思うだろうかという話を旦那さんを交えて静かな病室で行った。旦那さんは、彼女がどれだけ子供を待ち望んでいたか知っていたから、全面的に彼女の決断を支えると言った。彼女は静かに泣き、その翌日まで考える時間が欲しいと言った。彼女の出す答えはほぼ明らかだった。その翌日彼女は、もし中絶をしたらその罪悪感で生きていける自信がないと私たちに言った。だから、妊娠を続けますと。彼女が死ぬか、赤ちゃんが死ぬか。その前に24週が来るか。誰にも結果のわからないレースが幕を上げた。

彼女が妊娠を続ける限り、24週未満の妊婦さんで経口で薬を飲める患者さんを入院させておく理由は特になかったので、彼女は退院することになった。もちろん、血液検査や妊娠の経過をみる通院は細目に行うという条件で。退院当日、赤ちゃんの成長をみる超音波をもう一度行うことにした。2週間前にもしていたが、彼女の容態の急変もあり、赤ちゃんの成長に影響が出ていないか確認しておきたかった。その結果は、悲惨なものだった。赤ちゃんの心臓はまだ動いていて、羊水もわずかながら残っている。でも、赤ちゃんは前の超音波検査から全くと言っていいほど成長していなかった。頭の周囲は0.1パーセンタイル以下。お腹の周囲は0.2パーセンタイル。大腿骨の長さも0.1パーセンタイル以下。推定体重とお腹の周囲が10パーセンタイル以下だと胎児発育不全と診断されるが、超音波の映像を見る限り、この赤ちゃんが24週を迎える可能性は本当に1%に満たないだろうと思われた。そのあと生き延びる可能性は万の一もないだろう。

ご両親にはすべて包み隠さず話した。それでも彼女は妊娠を続けることを選んだ。次の検診は1週間後。みんなが全力を尽くしてもこういう結果にしかならなかった悔しさは本当にやり場がない。