10時チェックアウトで駅に向かう。
ライブないしカジュアルな格好で…と思いパーカーとジーンズで、ホッカイロを腰と足の裏に貼ったら昨日までが嘘のように何も寒くなく防寒の重要性を知る。
駅の向かいのタワーの29階に展望台があり、高松市を一望に収めることが出来る。女木島と男木島も見えて、男の国のことを考えてた。(高松にいる間、男の国とくるぶし映画の話ばっかりしてる
すみません。)
イオンモールへと駅からバスで向かう。
何度も何度も見た写真と同じ景色を道中でいくつか見つける。本当にここに来れたんだ、と嬉しくなる。めいちゃんは乗り物に酔ってしまうため寝ている。ありがたく1人でエモがらせていただきました。
イオンの中を通ってあかね製麺へ。今思えば犯罪?すみません。イオンモールにもランクがあり、幕張はレベルの違うモールなんだということをめいちゃんに解説してもらう。結構熱入ってました。
あかね製麺に着いて入店したはいいものの、ドアを開けてから注文する窓口への距離が短すぎて、何を食べるか決めかねていた私たちは入口でまごまごしてしまう。
かけうどんとぶっかけうどんの違いが分からず、そろそろと近づいて聞くと注文口の同じ顔のふたりが口々に教えてくれた。冷たいぶっかけうどんにしました。ちくわと海老が揚げたてだということなので、ハムエッグと迷ったけどその2つをもらいました。レモンでさっぱりしていておいしかったー
お昼時でわたしたちのあとから来たいかにも常連だという見た目の体力系男性たちが戸を開けるやいなや聞き取ることも出来ないようなスピードで注文していて、玄人の違いを見せつけられました。
同じ顔のふたりについて、店を出たあとめいちゃんが「夫婦かな?」と言ってきて驚愕。「絶対兄妹でしょ!!!」と言いましたが真相分からず…でも顔同じすぎたから…似てるとかでもなく全く同じだった。
このために高松に来たと言ってもいいほど見たかった景色
兄弟紅葉さんのつくるネタは学校をテーマにしたものや学生時代の回想が多いし、ラテ欄とかネタ中以外の言動の端々からも自身の価値ある貴重な学生時代の輝きを今も追い求めているように感じる。もう誰も(彼でさえも不可能なのだからそれ以上にわたしも)その輝きに追いつくことも触れることも出来ない。思考の全てを知りたいと思うのに彼の全てを知るなんて出来ないから少しでも分かりたくてかなり高松にとらわれてしまっています。
こよがこよ自身(もしくは当時の自身のあらゆることへの伸び代)を追い求めているようだったから、わたしもそれを分かりたくて追いかけていたのに、こよはもう先に進んでしまった。わたしだけが、無いものを追いかけているような気がする。
実際に訪れてみて、この目で確かめて、やっぱりこよが何を思うか(思っていたか)なんて分からなかったです。そりゃそう。これは当たり前のことで、足を運ぶだけで人の思考が読めるわけないです。でも、こよが私たちに教えてくれたいくつかのお店の人達の雰囲気、市内の景色、なによりライブ中の誇らしげな表情を見て、ここで過ごしたこの人のことがわたしはほんとうに好きだということがより確固とした大きな事実になりましたよ!
高松、ほんとうに素敵な街。駅の周りはどこもかしこも綺麗に整備されていて、古くからあるだろうに美しい建築のすごく歩きやすくて大きい商店街、新しく建てられた賑わっている駅ビル、島と街を繋ぐ様々な船が行き来する港がある。電車やバスですこし離れると、広い空から注ぐ光が反射する海と冬の少し寂しげな山が生活のすぐそばにあって、こんな街で過ごしたら伸び伸び育つんだろうなと思う反面、この双方の美しさを高校生が理解するには「豊かさ」が必要なんだろうと思った。
高校受験が面接のみで、オーストラリアに留学して何をしたいかと問われ「コアラが見たい」と答えて受かった15歳の私では、この温かな安らぎのある街の魅力を存分に受け取って自分のものにして生活することは出来なかったんじゃないかな。
なんかお笑いを見に行ったというよりも、わたしの気持ちの欠けていた部分を埋めに行ったという感じ。
どういう意味?って思うかもしれないけど、わたしの中で兄弟紅葉さんの存在が大きすぎて(憧れとか羨望とか尊敬とか愛おしさとか)兄弟紅葉さんが大切にしているものとか思い入れのあるものをわたしも見たいし知りたいと思っていて、でもそれって行き過ぎた感情だということは自分の中でちゃんと分かっていて。その気持ちが満たされました。ずっと見たかった景色を見ることが出来て良かったです!
こんなうだうだ長いこと考えてるけど全く見当違いかもね。
近からず遠からずの話で、兄弟紅葉さん天国行きについて、わたしは兄弟紅葉さんのことがすきなので1年目2年目のラテ欄のヤバすぎる発言たちも、今も垣間見えるキモいところも、わたしの知らない悪事も全部ポジティブに捉えてしまっています。ヤバくてすき、とか キモくてすき、とか。お手紙で伝えたこともあるけど、わたしの知らない部分まで好きでいられる自信があります。悪事を全て跳ね除けるほどの笑顔と幸せをいつももらっています。
この捉え方は聖人君子とはまた別だと主張したいけど傍から見たら同じなのかな![]()
高松、ほんとうにたのしかった
また行きたい、いろんなところに連れてってくれてありがとう
だいすきー


