私は最寄り駅から電車に乗ることは少ないんだけど、今日何もやる気が出なくて家から出ないでボケーとしてたらちかちゃんがパーティーを始めたから(飲酒したという意味)それに参加して、電車で木に向かわざるを得なくなって乗車したら、高校生がフラミンゴ柄のビニールのプールバッグを持っていた。なんか…美しかった。この子にとってはただの日常だろうけど、この情景を映像として残して10年後の彼女に見せてあげたいと思うほど輝いていた。


日記を書いていて気づいたこと

わたしは4日ほど続けるとそれを毎日やっているかのような習慣に感じて、4日やめるとやっていた時のことを思い出せないくらい生活から消えてしまう

これ書いて思い出した。兄弟の漫才を物理的に4日間見ることができなかった時生きる意味がわからなくなり大泣きしていた


なんか私って飲酒すきなんですけど、別にアルコールの味が好きとかではなくて(アルコール、酒、の中で好みのものは存在します)飲酒で得られる多幸感を求めているんですね。わたし今まで薬物などやったこと本当に一度も無いので!これ神に誓えます。これからやるつもりもありません。もちろん食事との相性を考えておいしいものを食べて飲むという時間を誰かと過ごすのが好きというのもあるんだけど、ただ酔いたいだけ、向き合わなければならない何かから目を背けて手近な幸福を得たいという時もあります。そういう時は強いアルコールを多めに飲むのだけど、それってお笑いもそうじゃない?ってふと思ったんだよね。だから何?という話でただ自分の気持ちや思いを整理しているだけなんだけど、生活を豊かにしたくてお笑いを見に行くこともあるし、ただ幸せになりたくて、笑いたくて、大丈夫だと思いたくて、劇場に行くのではないか?2.3年前のわたしは確実にそうで、東京に慣れていなくて上手く息ができなかった時、神保町に行けば大丈夫、不安だったり怖かったりしてもとにかく神保町に行けば救われると思っていた時期がありました。そこには毎日笑わせてくれる誰かがいて、幸せな気持ちで帰ることが出来た。実際に、泣き出しそうでどうしたらいいか分からなかった時も、すずらん通りを見れば安心することが出来た。そういう場所なんです。(だから無限大のねえねたちが神保町バカにしてるとガチでムカつく)


木の感想は、うーん、特にないです。二人が話している間、ずっとおもしろくて、ああこの人達のことがほんとうに好きだと毎秒思っていました。この人達の感性、人間性、受け取り方、人との関わり方、全てが愛おしくて輝いていて人類の規範なのではないかと思うほどでした。去年とかまでは兄弟紅葉さんの特別になりたい、一番ではなくともそういう存在でいたい、なんらかの影響を及ぼしたいという気持ちがかなり強かったんだけど、今はあまりそう思わない。兄弟がしあわせで暮らすこと、毎日何かしらの刺激と知見を得られること、こよが望んだ未来になること、そういうことが実現して欲しいと思っている。

なんか普通の男の子みたいにこよに接してた時間を謝りたい、こよは普通の男の子なんかじゃなくて、特別な子だったのに

これからもきっとあなたたちが好きです、と思いました。