ついに最終日。


午後には出る予定だったので

ガテン系の力仕事は無しで

朝からのお湯の配給のみでした。







・・・・・・・。


ここまで気持ちのありかたが
変わるものか。


こうやってブログを書いている僕は

もう家に居て、暖かい部屋の中。


もう石巻での活動は

言い方が正しいかは分からないが

思い出の様な。すごく前の事の様な。


夢だったんじゃないか。

そんな風に思える。


でも自分のブログを読み返したり

たくさんの方々からのコメントを読み返したり

写真を見直したりしていると

あぁ、、、、現実なんだな。

そこにいたんだな、僕は。って



だからこそ


だからこそ

残すんだ。







朝、起きて朝食を済ませ

門脇中学校へ


「今日で終わりか。自分がやれることできたのかな。」
「誰かの役に立てたのかな。」

とか思いつつ

頭のどこかで

「帰れる!彼女に会える!風呂に入れる!ストレスから解放される!」


なんてことも考えていた気がする。


お湯の配給は、

朝のピークを過ぎ、お湯を貰いに来る方も少なくなったので

子供たちの相手をしていた。


いつも通り無邪気にはしゃぐ子供たち


ぎゃーぎゃーわーわー

走り回る。





「おんぶー!」















まただ。

「おんぶーおんぶー。」

と駄々をこねる。


半ベソをかきながら。


さっきまでのテンションが嘘の様に。

曇る表情に

たまらず問いかけた。


「いつも寝てるとこに連れて行ってよ!」


なんでそんなこと言ったのかは

よく覚えていないが

その場の空気に耐えられなかったのだけは

覚えている。





初めて入る校舎の中。

土足でげた箱を通り過ぎることに
違和感を感じた。


当たり前のように土足で歩く被災者の方。

当たり前か。


でも、あまり綺麗とは言えない服装で
ましてや土足で歩く廊下。

あまり気持ちの良いことではなかった。


砂だらけの廊下を歩く
おじさん、子供、女の人。


すごく、不自然な光景だった。




そんな廊下を走る子供たち。




騒ぐ騒ぐ。階段を駆け上がる子供たち。





お弁当箱の石巻市での活動blog







たどり着いた先は

3-B教室。


一人、入っていく じゅんや。


後から付いていく、僕。


教室の中には

布団が二つ並べられていた。


その上で、座って話をしている














おじいさん、おばあさん。

、、、、、、、。




軽く会釈をして、教室を出た。


溢れそうになる涙を必死で抑えた。



悲しみより、怒りの感情の方が大きかった。



なんであんなに小さい子供が?


両親は?

どうするこれから?

誰に何を教えてもらう?



お父さんの大きな背中は?

お母さんの優しい手は?





僕はあの子のために
なにもしてあげられない。


避難所で生活する人が言っていた

夜になると泣き出す子供がいるらしい。

一人が泣き出すと、合唱のように

泣き出す子供たち。




夜になると思い出すのかな?


小さな子供たちは

なにを見て、なにを感じているの?


お父さんとお母さんがいなくなってしまった子どもたちは

夜、誰と寝ているの?

ねぇ、教えてよ。



こんな風に笑う子供たちは

なにを理解しているの?




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あぁ、苦しい。











続く。