どんどん頭が鈍感になる。



強い刺激に慣れてきたのか?


初日に
言葉を失った町並みも

他愛もない話をしながら
横を通り過ぎる。


この匂いも










この寒さも








横たわる車も










崩れた家も












それに突き刺さる
船も









墓地に刺さる
土葬されていることを表す
270を越える番号札も







もう私にとっては見慣れた光景







どんどん慣れてきて
どんどん感じることが少なくなって












そうやって、薄れていく。


どこで話を聞いたか
記憶は曖昧だが
被災者の方は

「悲しみや辛さは薄れていく。
時間と共になくなっていく。
でも人からもらった優しい気持ちは、種を植え付けるように
時間と共に 花が開くように大きくなって その人の心に残ってく。」











なんか精神論の様な話になりそうだから、やめよ。
あー胃が痛い











朝、6:30からお湯だし班は
お湯だし開始。

歩いて10分くらいのところにある
中学校には未だに
1000人の避難者の方々がいる。










まだまだ行方不明者もたくさんいる。











車で寝泊まりしている方も。






3週間近くも温かいものを口にしていなかったようで

お湯には大行列が。







カップラーメンはあるのに
お湯がない。

水はあるのに
ガスがない。



そんな状況だったとか。

ひとりのおばあちゃんは

「身体が冷えきってしまって
胃も冷えている
だから薬も効かない」

と。こんな表現初めて聞いた。




温かいお湯を差し上げて
暖かい感謝の言葉をいただけることもあれば、

(いや、そもそも感謝をされたくて
やっているのではないが)




なにも言わずに
ポットを取り上げる人




コーヒーを勝手に作ってもっていく人




理不尽に子供に怒鳴る人





いろんな人がいる。

いろんなものを見た人
それぞれ違う状況。





















そんなところに
入っていけない




被災者の方からしたらまったく関係のないことだが





気を使うとゆうか



一言一言

言ってはいけないことがあったり



聞かれたくないこと


思い出したくないことが


たくさんあって


微妙な表情の変化に


必要のない想像を膨らませて






自分の首をしめている。









子供達にやたらと

「おんぶして!」
「抱っこして!」

と言われる。


そんなことすら

またいらない想像が膨らむ。



あぁ。
















午後の作業は


ひたすら畳を運び出す作業。

海水と泥を含んだ畳は

150kgは優に越える。


玄関先はだいぶ綺麗になって

奥の方に進んでいくと

大量の畳が。



20枚弱の畳を4人で運び出した。








さすがに体も
ガタがきていて


精神的にも

追い詰められ

息があわない。



一緒に来ている友人とも
もめる始末。





他人が言った言葉を
素直に受け入れることもできず

ストレスがたまる一方。


あぁ、ほんとに愚痴になってきた。














自分のことは
どうでも良い。


とか言って
心配されたくて
仕方がない。



もうそろ限界か?





人間の汚い部分しか見えてこない。
自分の世界が狭い。


頭が動かない。

考えることを拒否する頭との

戦い。

くだらない。



感情を止める。
意味がない。



人の話が入ってこない。









後、2日。
あぁまた地震だ。








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