先日、銀座テアトルシネマでスウェーデンのヴァンパイア映画「ぼくのエリ 200歳の少女」を見ました。

この間見た「ハングオーバー!」の予告で、ほとんどが「レンタルが楽しみ」と思えるなか、同じヴァンパイアでも北欧だと雰囲気がちがうなあと気になっていたためです。やはり、映画は劇場で見るのもクセになりますね。

今回は、9時過ぎの最終回のため、予告はなし、残念です。(以下ネタばれありますので、ご注意を)
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ストックホルム郊外の集合団地に住むオスカー(カーレ・ヘーデブラント/美しく繊細な金髪の少年)は、帰りの遅い母と二人暮らしの12歳。学校では3人組に毎日のようにいじめを受けてる。ある夜、隣りに父と娘が引越してくる。そして、ある晩、雪積もる中庭でナイフを木立に突き立てるオスカーの前に、その少女・エリ(リーナ・レアンテンション)が現れる。「だいたい12歳」といい「友達にはなれない」といいながら、ふたりはルービックキューブで遊び、部屋を隔て、モールス信号を交わすようになる…。

一方、街ではさか吊りにして血を抜くような血腥い事件がおこり、そこには必死にエリの為に血を集める父のような男の姿がある。その中年男は、次々に獲物を狙うがなかなかうまくことが運ばず、やがて追い詰められていく。



原作は「スウェーデンのスティーブン・キング」の異名をとる新星(これの後はゾンビです)ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストで、この映画の脚本も。それをテレビ出身のトーマス・アルフレドソンが監督してます。

まるで、萩尾望都の漫画をみているようなカット割り(芸術・文芸的という意味)で、静謐な映像をかさね、単なるホラーではないリリカルで切ない愛の物語を描いています。

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最後は、いじめられっ子オスカーには、ある種のカタルシスが訪れ、二人の列車での道行で終わります。

しかし、近松門左衛門以来、日本の心中・道行ものは、どんな悲惨な過程があろうと、最後は「一緒に死ねる」ことが大きなカタルシス、大事なのですが、この二人は今、ここ、から逃れ、生き延びるため。

パンフの或る方のレビューには、その列車の個室の窓は寒い冬なのに開け放たれており、すでにオスカーも寒さを感じないヴァンパイア一族になりつつあるとういうひどく、ロマンチックな示唆もされています。だとしても、これからのオスカーには、エリの為に血を調達する日々が残されております。

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蜜月を過ぎれば、二人の歳は年々離れ、オスカーは、やがて父親のような中年になり、老年になる。とはいえ、この少女は絶対に追い越せない年上の少女であるわけです。

ある意味、初恋が、熱愛になり、やがて親愛になる。愛の理想でもあるかも。ただ外見的にエリは、ほどんど変わりなく12歳であり続ける。ただ一緒にいるという以外に、お互いがお互いを孤独に愛しあう。一方的に、保護しあう関係です。彼らの愛がどこまで、続くのか、それは神のみぞ知ることです。

このあたり哀しみがよく表現されていると思います。とくに、映画では説明的なことは、いっさい省いているので、いろいろな解釈の余地があります。

相手を愛する、共に生きる、とはどういうことなのか、そんな普段なら気恥ずかしいことを12歳の少年の感情を通して、どうしても考えてしまいます。

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エリ役の女の子は、この撮影時12歳。男の子が11歳。この1歳の差が、永遠の差であるかのような眼差しが印象的です。そしてオスカーに「くさい」と言われた時のはにかみ。血が不足すると加齢臭ではありませんがにおうらしいのです。

「私のこと好き?女の子じゃなくても」という意味深のセリフがあり、裸体のとき残念ながら、ぼかしというか線が入って、確認できませんが、原作では、性器を切り取られた傷のある少年となっています。でもそんなことは、どうでもよく、まさに男でも女でもない天使そのもです。

そして、この男の子の美しさ。原作では、そうではないようですが、これなら少女漫画にする必要はないよなと思わせるこの金髪の男の子の美しさが、物語の神話性を高めます。

原作でもエリの目を通した少年はハンサムで本物のよりずーとかっこいいそうですから、このオスカーとエリは、お互いが心の目でみた相手の姿かもしれません。

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で、これがまた、ハリウッドでリメイクされるらしいのですが、その監督が「クローバーフィールド/HAKAISHA」のマット・リーヴス。オスカーをコディ・スミット=マクフィー(「ザ・ロード」の息子役)、エリをクロエ・グレース・モレッツ(「キック・アス」のヒット・ガールちゃんが話題らしい。)。

題名の「Let Me In(私を中にいれて)」は、ほぼ原題「Let the Right One In(正しき者を中に入れよ)」と同じで、吸血鬼は必ず了解を得なければ、中にはいることはできないという言い伝えがあるらしい。
「ぼくのエリ」でもエリは、必ず「入っていい?」と了解を得る。



なんか、すっかり映画らしくなっているが、まったく同じじゃないか、脚本が変わってないのかな?

この最後のモールスは、「HelpMe」だそうですが、映画の最後は「PUSS」スウェーデン語で「小さなキス」を意味してるそうです。

「キック・アス」はブラッド・ピットがプロディースした普通の少年がヒーローになるマーク・ミラー原作コミックの映画化だが、このヒット・ガールちゃんの過激なシーンが問題になってR指定らいしい。ということで、ヒット・ガール中心の予告を。ガンカタの向こうを張って、女の子に人気でるかな?




ともかく、「ぼくのエリ 200歳の少女」は、とてもとても個人的な映画だと思います。いい歳して、永遠の愛もないけど、ひっそりとひとりで見ることをオススメします。「エリは老後は面倒みてくれないよね・・・」などと思いながら。

この世界を共有できる人がいれば、それはそれで嬉しいことですけどね。

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