成長には二つある。
台風から一夜明け、佐渡は少し晴れ間が出てきました。
直撃ということもあって、多くの方からご心配を頂きましたが、今のところ細かな損傷などがあるのみのようです。
しかしながら、まだ全島での被害状態は不明でありますので、諸々確認が必要かと思います。
そして、他地域でも被害は甚大な様子。深くお見舞い申し上げると共に、迅速な復旧を願っております。
最近、たまたま記事掲載が続き、おかげさまで色んなお問い合わせを頂いております。
その一方、なかなかブログに文章を書くということが出来なかったりでして(^^;
今日は、先般ブログにアップした独り言(?)を改めてこちらでご紹介いたします。
「もし、明日地球がなくなるとしたら?」
28歳。映画会社の宣伝部勤務。刺激的で華やかな世界で日々過ごす中、自問自答した。
答えは「実家にある小さくて暗くてひんやりした蔵にねまって、うちのお酒を飲みたい」。
地球最後の日にすべきことが見つかった後は行動が早かった。29歳、出版社勤務の男性と共に実家である蔵に戻った。
戻って5年の間、やることなすこと上手くいかない。仕事も、人間関係も。東京に帰りたいと思うばかり。
前の上司に、「5年以内であれば帰ってこいよ」というはなむけの言葉に甘えていた日々。
ちょうど5年経った頃、ある事件が起きてふっきれた。「自分を変えよう」。
八方ふさがりだった日々に、少し光が見えた。
自分で行動を始めたら、あれだけ「出来ることが何もない」と思っていたのが嘘のように、「出来ることが山のように」見えてきた。
酒蔵を継いだ頃からやりたかった海外への輸出に取り組んだ。
海外ローカルのインポーターと直接輸出をしたい。偶然が重なって、2003年、真野鶴が海を越えた。
そこから韓国、台湾、シンガポール。順調に広がっていくかに見えた。
が、実際はどれもこれも上手くいかなかった。
バブル崩壊の時代。酒業界は斜陽。佐渡観光も下降線。
小さな無名の蔵に吹く逆風は、覚悟していたより大きかった。
しかし、その中で3つの気付きがあった。
「酒のスペックではなく、個性を伝えよう」「パイを取り合うのではなく、市場を育てよう」
「酒業界の未来も心配だが、町から人が減ることはそれを超えて不安」。
子供の頃は大嫌いだった不便な離島を宝の島に変えよう。そう決めた。
佐渡は朱鷺の島だ。
農家の皆さんは朱鷺が住む環境を守るために低農薬、低化学肥料で米を作る。
田圃は広く、手入れがいい。元をたどれば、島に金山があったおかげで、ゴールドラッシュで佐渡の人口は増え、文化が栄えた。
山があるあるから、きれいで柔らかい水に恵まれる。
そんなところで造った酒は、島の景色のように味わいが柔らかく奥行きがあり飲み飽きない。
酒を生みだす佐渡の話をするようになったら、自然と売り上げも伸びていった。
売るために売ることをやめた。日記を紡ぐように、真野鶴の日々の成長や変化を伝えた。
2008年、運命の出逢いがあった。日本で一番夕日がきれいな小学校、と謳われた西三川小学校。
しかし2010年に廃校になるという。会社で引き取り、酒蔵として再生させることにした。
そして2014年、「学校蔵」は産声をあげる。
学校蔵では4本の柱がある。
一つ目は「酒造り」。本社で冬に仕込みをするので、学校蔵では夏に仕込み、「学校蔵」という名前でリリース。
オール佐渡産が合い言葉。二つ目は「学び」。仕込み体験したい人を一週間通ってもらうことを条件に受け入れる。
三つ目は「共生」。朱鷺が舞う島の環境との共生を酒からも伝えたい。酒造りのエネルギーを佐渡の太陽から取り入れるべく、太陽光パネルを設置した。四つ目が「交流」。学校蔵で年に一日だけの「学校蔵の特別授業」をスタートした。
小さな蔵の小さな挑戦に、少しずつ共感する人たちや企業や大学が集まってきた。
学校蔵で仕込む酒を一緒に造ろうと、新聞社や情報通信企業、流通企業などから声が掛かるようになった。
仕込み体験には海外からも参加者が来るようになり、一週間の滞在で酒だけでなく佐渡の大ファンをも増やしている。
太陽光パネルは東京大学との共同プロジェクトとなり、その後パネルも増設して現在電気は100%自然再生エネルギーで賄う。
横展開すべく、佐渡の柚子を手絞りした手造りの「佐渡のゆず酒」もリリースした。
共生は伝統のものづくりと最先端技術にも及ぶ。
2017年からNTT東日本とコラボして、センシング技術とコミュニケーションロボットを導入し実験中だ。
「学校蔵の特別授業」は“佐渡から考える島国ニッポンの未来”を大テーマとし、40名、80名、100名、120名、と年々参加者が増え続け、名物授業に成長している。参加するのは島内、外、海外からの16歳~70代という多所多世代。
古い木造の教室で、毎回熱い化学反応が起きている。
海外展開もその後変わった。失敗したかに見えた最初のパートナーの縁で次のパートナーと出逢い、
軌道に乗っている。現在は15カ国に輸出。半分が直接輸出だ。
彼らは酒を売るだけではなく、酒の故郷を訪ねて佐渡にもやって来る。
佐渡が酒を生み、酒が佐渡を世界に伝える。佐渡はずっと昔から宝の島だった。
気が付けたのは、自分が変わったからだ。
小さな蔵の小さな挑戦は、気がついたら島を超え、酒の業界を超え、他業種、広い世界にたくさんのつながりを生み出している。
酒の蔵元がなぜそんなことをしているのか?
その答えは老舗のマインドにある。
多くの企業が拡大成長を目指すなら、我々は成熟という成長を目指していこう。
「真野鶴」「学校蔵」 尾畑酒造㈱ 尾畑留美子
●「学校蔵の特別授業~佐渡から考える島国ニッポンの未来」(日経BP社)
■真野鶴・公式ページ ■MANOTSURU website(English)
■学校蔵について ■About Gakkokura(English)