8月20日に行われたプレミアリーグ第2節アーセナル対リバプールの一戦で、宮市亮が初のベンチ入りを果たした。この日のアーセナルは、中盤のジャック・ウィルシャー、トーマス・ロシツキー、アブ・ディアビらをけがで欠き、ジェルビーニョとアレクサンドル・ソングも出場停止、そしてセスク・ファブレガスがバルセロナに移籍と、とにかく選手が足りない状況だった。
スタメンには10代のエマニュエル・フリンポンとカール・ジェンキンソンが名を連ね、7人のベンチ枠にも宮市のほか、イグナシ・ミケル、ヘンリー・ランズベリー、そして新戦力アレックス・オクスレイド・チェンバレンと20歳以下のメンバーで固めざるを得ない“スクランブル状態”。そんな中、日本では“宮市デビュー”の可能性が盛んに報じられたが、DFローラン・コシールニーの負傷交代、フリンポンの退場など不運が重なり、ピッチに立ったのは宮市と同い年のスペイン人センターバック、ミケルの方だった。
デビューがお預けになった宮市だが、果たしてイングランドで彼の存在はどう位置づけられているのか? 現地メディアや関係者の声を集め、その現在地を探ってみたい。
イングランドの主要メディアに、初めて宮市の名が登場したのは2010年の夏だった。中学生時代から海外クラブの練習に参加していた宮市はこの年の夏、アーセナルの練習に参加する。そこでの活躍を『デイリーメール』紙などいくつかのメディアが紹介し、「アーセナル、トライアルで輝いた日本のワンダーキッド獲得か」という記事を掲載した。そして、アーセナルは12月に宮市の獲得を正式発表。ただ、同時にスカイスポーツのウェブサイトでは「アジアでクラブが注目されることはとても重要だ」というアーセン・ベンゲル監督のアジア市場を意識した発言も紹介されており、アーセナルのファン・フォーラム(サポーターが議論をかわすウェブ掲示板)にも、“Who is Miyaichi?(宮市って誰?)”というページが立てられた。
その後、フェイエノールトへのローン移籍を成功させたことで、アーセナル・ファンは彼が“ビジネス目的の東洋人選手”ではないことを確認する。オフの5月には、スカイスポーツが「スカウト」という未来のスター候補を紹介する連載企画に彼を登場させた。読者の推薦で選ばれた無名の若手を記者が実際にチェックするこの企画で、宮市についてのリポートにはこう書かれている。
「オランダでの活躍は、彼の才能を発掘したベンゲルですら驚いているはずだ。右利きだが左右の足でボールが蹴れる天性のウインガー。あらゆる場面でDFに襲い掛かる危険な選手。運動量もあり守備も助ける。インパクトを残せるはず」
■対抗意識を見せるウォルコット
この夏、ベンゲルはプレシーズンのチームに宮市を帯同させて“テスト”をすることを決めた。
「彼について、ポジティブなリポートばかりを聞いた。だから、プレシーズンはわれわれと一緒だ。彼がアーセナルで居場所を手にする準備ができていると感じたら、労働許可証を申請し、チームに入れようと試みるだろう」
ふたを空けてみれば、ビザの関係でプレーができない国内の試合以外、宮市はすべてのプレシーズンマッチに出場した。練習でもアピールを続けた宮市の評価は上々だった。クラブ公式ウェブサイトのリポートによれば、チームが行ったスピードテストではプレミアリーグ最速の男テオ・ウォルコットに匹敵するタイムをたたき出した。このニュースは、『ザ・サン』紙などいくつかのメディアに紹介されている。当のウォルコットも、「彼はアーセナルでいいキャリアを築くだろう。僕よりステップオーバー(またぎフェイント)が得意だね。僕は全くやらないから、あれは取り入れたい。ただ、ピッチの上で僕よりいいタイムを出すのは難しいよ」と対抗意識を見せつつ、宮市のスピードを認めている。
さらに、ベンゲル監督は、宮市が持つスピード以外の魅力にも触れている。
「彼のいいところは、走り出すタイミングの良さだ。いつ、どこに出ればいいかを理解しているところだね。それはとても大事なこと。彼はスピードの使い方を知っている知的な選手なんだ。彼は献身的でもある。ほかの日本人がそうであるように、彼もまた真摯(しんし)に仕事に取り組むタイプ。トレーニングにもそれが表れている」
こうしてベンゲルは、宮市に“合格”の判を押す。国外へのローン移籍はさせず、外国人労働許可証を申請することを決めたのだ。代表キャップがない宮市は取得の基準を満たしていなかったが、クラブは“exceptional talent(例外的な才能)”として申請を行った。
イングランドでは、許可が下りずにプレーできない選手の存在が日常的に報じられているが、そこは若手育成に数々の実績を残してきたアーセナルとベンゲルのこと。クラブの政治力と、日本サッカー協会からの推薦状がうまく効果を発揮した結果、8月9日に申請の認可が正式決定した。ベンゲルはこの直後、「許可が下りる確証がなかったので、新戦力と契約した気分だ。とてもエキサイティングな選手で、圧倒的なスピードを持ち、クロスやパスの質も高い」と喜びをあらわにした。
さらに、セスクやウィルシャーがこのニュースについてツイッターでつぶやいたことも話題となった。残念ながらその後に退団してしまったが、セスクは「宮市亮に労働許可証が下りるというニュースは素晴らしい。グレート・キッドだ。彼はそれにふさわしいよ」とツイート。こうした周囲のアシストもあり、“MIYAICHI”の名前は、この件で初めて国内の全主要メディアに掲載された。
実際、BBCラジオのフットボール番組でも、「宮市は何者か?」ということが話題となっていた。開幕を直前に控えた13日付の『デイリー・ミラー』紙でも、「今季、プレミアでブレークする選手たち」という特集に宮市の名を挙げた。全20チームから1人ずつを紹介する企画の中で、宮市はアーセナルの“代表”に選ばれた。やはりここでも、「ウォルコットに匹敵するスピードを持ちテクニックも抜群。特例で外国人労働許可証を得てファーストチームの仲間入り」という紹介文が添えられていた。
■アーセナル以外のサポーターには無名の新人
ここまでで、宮市がアーセナルのファーストチームの純粋な戦力として認められていることは分かった。ただ、それはあくまで“所属選手”という殻に守られたクラブ内部での話。アーセナルのサポーター以外からすれば、彼はまだまだ無名の存在。評価する材料がほとんどない選手であるという事実も紹介しておかなければならない。
国内外のフットボールに精通する英国人フットボール・ライターのサイモン・ハート氏に、宮市の存在について聞いてみた。
「正直、労働許可が下りたというニュースを見るまで、アーセナルに入った期待の若手日本人という情報くらいしか入っていない。アーセナルのサポーター以外が、彼について話題にしているのも見たことはなかった。プレミアリーグで実際にプレーしているところを見るまで、彼はちょっとしたミステリーだね」
そう答えてくれたハート氏は、プレミアリーグのクラブの下部組織なども頻繁に取材しているベテラン記者で、生粋のエバートン・サポーター。そんな彼の言葉から分かる宮市の現在地は、簡単に言えば“熱心なアーセナル・サポーターからは期待の星、アーセナル以外のサポーターにとっては無名の新人”といったところだろう。だが、前述した通り、労働許可証を取得して正式に背番号“31”を与えられたことで、ゆっくりとだが着実に、その名は知られ始めている。
うわさのスピードは本物なのか? ベンゲルの言葉に偽りはないのか? “ワンダーキッド”のプレミアデビューは、英国のファンがその答えを見つける時だ。
スタメンには10代のエマニュエル・フリンポンとカール・ジェンキンソンが名を連ね、7人のベンチ枠にも宮市のほか、イグナシ・ミケル、ヘンリー・ランズベリー、そして新戦力アレックス・オクスレイド・チェンバレンと20歳以下のメンバーで固めざるを得ない“スクランブル状態”。そんな中、日本では“宮市デビュー”の可能性が盛んに報じられたが、DFローラン・コシールニーの負傷交代、フリンポンの退場など不運が重なり、ピッチに立ったのは宮市と同い年のスペイン人センターバック、ミケルの方だった。
デビューがお預けになった宮市だが、果たしてイングランドで彼の存在はどう位置づけられているのか? 現地メディアや関係者の声を集め、その現在地を探ってみたい。
イングランドの主要メディアに、初めて宮市の名が登場したのは2010年の夏だった。中学生時代から海外クラブの練習に参加していた宮市はこの年の夏、アーセナルの練習に参加する。そこでの活躍を『デイリーメール』紙などいくつかのメディアが紹介し、「アーセナル、トライアルで輝いた日本のワンダーキッド獲得か」という記事を掲載した。そして、アーセナルは12月に宮市の獲得を正式発表。ただ、同時にスカイスポーツのウェブサイトでは「アジアでクラブが注目されることはとても重要だ」というアーセン・ベンゲル監督のアジア市場を意識した発言も紹介されており、アーセナルのファン・フォーラム(サポーターが議論をかわすウェブ掲示板)にも、“Who is Miyaichi?(宮市って誰?)”というページが立てられた。
その後、フェイエノールトへのローン移籍を成功させたことで、アーセナル・ファンは彼が“ビジネス目的の東洋人選手”ではないことを確認する。オフの5月には、スカイスポーツが「スカウト」という未来のスター候補を紹介する連載企画に彼を登場させた。読者の推薦で選ばれた無名の若手を記者が実際にチェックするこの企画で、宮市についてのリポートにはこう書かれている。
「オランダでの活躍は、彼の才能を発掘したベンゲルですら驚いているはずだ。右利きだが左右の足でボールが蹴れる天性のウインガー。あらゆる場面でDFに襲い掛かる危険な選手。運動量もあり守備も助ける。インパクトを残せるはず」
■対抗意識を見せるウォルコット
この夏、ベンゲルはプレシーズンのチームに宮市を帯同させて“テスト”をすることを決めた。
「彼について、ポジティブなリポートばかりを聞いた。だから、プレシーズンはわれわれと一緒だ。彼がアーセナルで居場所を手にする準備ができていると感じたら、労働許可証を申請し、チームに入れようと試みるだろう」
ふたを空けてみれば、ビザの関係でプレーができない国内の試合以外、宮市はすべてのプレシーズンマッチに出場した。練習でもアピールを続けた宮市の評価は上々だった。クラブ公式ウェブサイトのリポートによれば、チームが行ったスピードテストではプレミアリーグ最速の男テオ・ウォルコットに匹敵するタイムをたたき出した。このニュースは、『ザ・サン』紙などいくつかのメディアに紹介されている。当のウォルコットも、「彼はアーセナルでいいキャリアを築くだろう。僕よりステップオーバー(またぎフェイント)が得意だね。僕は全くやらないから、あれは取り入れたい。ただ、ピッチの上で僕よりいいタイムを出すのは難しいよ」と対抗意識を見せつつ、宮市のスピードを認めている。
さらに、ベンゲル監督は、宮市が持つスピード以外の魅力にも触れている。
「彼のいいところは、走り出すタイミングの良さだ。いつ、どこに出ればいいかを理解しているところだね。それはとても大事なこと。彼はスピードの使い方を知っている知的な選手なんだ。彼は献身的でもある。ほかの日本人がそうであるように、彼もまた真摯(しんし)に仕事に取り組むタイプ。トレーニングにもそれが表れている」
こうしてベンゲルは、宮市に“合格”の判を押す。国外へのローン移籍はさせず、外国人労働許可証を申請することを決めたのだ。代表キャップがない宮市は取得の基準を満たしていなかったが、クラブは“exceptional talent(例外的な才能)”として申請を行った。
イングランドでは、許可が下りずにプレーできない選手の存在が日常的に報じられているが、そこは若手育成に数々の実績を残してきたアーセナルとベンゲルのこと。クラブの政治力と、日本サッカー協会からの推薦状がうまく効果を発揮した結果、8月9日に申請の認可が正式決定した。ベンゲルはこの直後、「許可が下りる確証がなかったので、新戦力と契約した気分だ。とてもエキサイティングな選手で、圧倒的なスピードを持ち、クロスやパスの質も高い」と喜びをあらわにした。
さらに、セスクやウィルシャーがこのニュースについてツイッターでつぶやいたことも話題となった。残念ながらその後に退団してしまったが、セスクは「宮市亮に労働許可証が下りるというニュースは素晴らしい。グレート・キッドだ。彼はそれにふさわしいよ」とツイート。こうした周囲のアシストもあり、“MIYAICHI”の名前は、この件で初めて国内の全主要メディアに掲載された。
実際、BBCラジオのフットボール番組でも、「宮市は何者か?」ということが話題となっていた。開幕を直前に控えた13日付の『デイリー・ミラー』紙でも、「今季、プレミアでブレークする選手たち」という特集に宮市の名を挙げた。全20チームから1人ずつを紹介する企画の中で、宮市はアーセナルの“代表”に選ばれた。やはりここでも、「ウォルコットに匹敵するスピードを持ちテクニックも抜群。特例で外国人労働許可証を得てファーストチームの仲間入り」という紹介文が添えられていた。
■アーセナル以外のサポーターには無名の新人
ここまでで、宮市がアーセナルのファーストチームの純粋な戦力として認められていることは分かった。ただ、それはあくまで“所属選手”という殻に守られたクラブ内部での話。アーセナルのサポーター以外からすれば、彼はまだまだ無名の存在。評価する材料がほとんどない選手であるという事実も紹介しておかなければならない。
国内外のフットボールに精通する英国人フットボール・ライターのサイモン・ハート氏に、宮市の存在について聞いてみた。
「正直、労働許可が下りたというニュースを見るまで、アーセナルに入った期待の若手日本人という情報くらいしか入っていない。アーセナルのサポーター以外が、彼について話題にしているのも見たことはなかった。プレミアリーグで実際にプレーしているところを見るまで、彼はちょっとしたミステリーだね」
そう答えてくれたハート氏は、プレミアリーグのクラブの下部組織なども頻繁に取材しているベテラン記者で、生粋のエバートン・サポーター。そんな彼の言葉から分かる宮市の現在地は、簡単に言えば“熱心なアーセナル・サポーターからは期待の星、アーセナル以外のサポーターにとっては無名の新人”といったところだろう。だが、前述した通り、労働許可証を取得して正式に背番号“31”を与えられたことで、ゆっくりとだが着実に、その名は知られ始めている。
うわさのスピードは本物なのか? ベンゲルの言葉に偽りはないのか? “ワンダーキッド”のプレミアデビューは、英国のファンがその答えを見つける時だ。