あるお方、吉岡真緒さんというのであるが(可愛いし良いお方です)、Showroomでおっしゃった。
「私、ヘアモデルやっててー、その美容師さんが言うわけー、地球は2050年に滅亡するんだって・・・!」
「そんなの私が死んでからにして欲しいわー・・・」
地球滅亡の話を語る吉岡氏
『マジか!地球は滅亡か!!』
・・・ネタ元は、調べればすぐに出てくるが、オーストラリアのシンクタンク「Breakthrough-National Center for Climate Restoration」が発表したことらしい。
極めて短くまとめれば、温暖化が進み、地球環境は極めて悪化し、食料や気候の面から危機に陥る、ということらしい。
まあ、よく聞く話ではないかとは思うものの、大事なことだから100回言ってもいいということでもある、わな。
環境問題、単純そうでいて、極めて複雑で大掛かりな問題である。簡単なことではない・・・・が、陰謀論的にひねくれて考えてもいけない…!
(こういった問題で、陰謀論とは基本的に「自分を守るために」創出され、信じようとするものであろう)
私的には、とにかく、人間というより人間以外の動植物へのいたわりの気持ちを大事にしていくべきじゃないか!と思うわけである…!それこそが環境問題の中心目標にあるべきだ、と強く思う。・・・・もっともそういった考えはこの地球上では弱く、「環境破壊は人間のために良くない」という利己愛的な動機・理屈が中心議題であるように見える。
「動植物なんて関係ねえ!自分の利益こそが大事だろ!」という即物的観念が中二病的哲学であるとするなら、・・・・それを超えなければならないと私は強く思う。
さて例えば、地球上の宗教において、人間以外の動植物への思いやりという思想はあるのか?と。仏教的には、あるようだ。
>生きとし生きるもの全て、十方衆生の救済が、仏教の究極の目的です。
という話もある。例えば、どこかの僧が庭を歩く時にアリを踏まないようにホウキで掃いて歩くというような様子を見たことがあるが、無駄な殺生を戒めるということだろう。
ただし、仏教の成立した年代においては環境問題などという概念も無かっただろうから、そういった観点からの見方ではない。輪廻的思想や魂の罪悪の問題に関わるものだろう。
そして、旧約聖書を元とした宗教では動植物を大切にといった思想が弱い。動植物は「人間のために存在する」という考えだ。
だがしかし・・・!、動物愛護の考えは、むしろ欧米から波及するところが大きい。
例えば、魚の活き造りを批判したり、最近ではニューヨーク州でフォアグラ料理を禁止するといったようなね。多分、これらはキリスト教的思考というより、もっと「新しい価値観」による思考だろう。
明治初期に日本を旅行したイザベラおばさんは、日本での馬への非道な扱いを嘆いていた。こういった感覚は、素直に受け入れるのが肝要ではないか。これを「文化だ!伝統だ!外国人が何を言う!」と反発するのは中二病的所業ではなかろうかとね…。
長くなったし、ちょっと話もそれた・・・。つまり、言いたいのは、人間はゴキブリ並みにしぶとい。地球温暖化の果てにも生き残るだろう。2050年になっても何十億人と生き残っているはず。(ただし、核戦争や「彼ら」の到来の場合には話は違ってくるが)
しかし・・・!、地球上の動植物は環境変化に対応できずに、それだけでなく、増えすぎた地球人のためにどんどん死に絶えていくだろう。キリスト教的に「人間の生存のためにある」動植物のみが栽培・飼育されることになってしまう。それでいいのか、と!
宗教や唯物論的思考を超えた、新しい価値観が必要になる。
#価値観:ニーチェの本にあった「価値表」と書いてみたが、何やら分かりづらいと思い書き換えた。彼はキリスト教的善悪の価値表を破り捨てよ、と訴えた。




