こんにちは。おばけばけです。
前回のブログでお伝えしていた自分自身を否定してしまう考えの根源について自分なりの考えを書いていきたいと思います。
私は気分が沈む時、不意に涙が出る時、すべては仕事のせいということで自分を納得させていました。
大学を卒業してから約10年間、基本的には朝出社して、終電にて帰宅といった、決してホワイト企業とは言い切れない会社で働いていました。
学生時代から人付き合いは苦手なのに接客は嫌いではなく、大学卒業後は販売職に就きました。
身に付けた知識でお客様の役に立つことができた時はうれしく、やりがいを感じていたのですが、その反面クレームを起こしたり上司に怒られたりするとただでさえ低い存在価値が崩れ、そこから
2ヶ月くらいにわたり、自分の中で反省会が繰り広げられます。
反省会の間は自分の存在価値はないものと、もう一人の自分に判断され、上司、部下関係なく機嫌が悪い人がいると自分のせいだと感じ、また売り上げが悪いなどといった状況もすべて自分の存在のせいだと思うようになります。
仕事場にいても自分は浮いた存在、みんな笑顔で話しているけれど心の中では私を迷惑だと思っている。そんな思考が頭の中をぐるぐるまわり、そこにいるだけで疲れてしまう弱い自分。
そして、そんな時は幼少期に母から言われていた「そんはことで泣くな、うじうじするな、辛気臭いあんたを見ているとこっちがイライラする」の言葉が脳内再生され、その言葉で平然を装う。自分でもバカバカしいのですが、いまだに母親の言葉が脳内再生される度、おびえる自分がいる。
しかし、私はこのような母親の言葉や私に対する扱いを愛情と捉えていた。
すぐに泣く、うじうじしがちな幼少期の私を律するためにかけ続けた言葉だと信じていた。
私は現在、母親にうつの診断を告げてから、ある出来事があり、連絡を断っている。
一人の時間を過ごしている間、漠然と毎日の仕事のストレスが原因で気分が沈んでいると考えていた私は今まで愛情である。と思っていたこの言葉について考えるようになる。