1円賽銭 | OBAKEのブログ

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俺が住むこの街ではかの有名な浅草寺がある。


歩いて5分の距離なので、毎日 散歩がてら賽銭をしにいく。


ただ“毎日”なので賽銭額は 1円 に決めている。
額より続けることに意味を見いだしたからだ。


先週の休日あたり昼の観光客の行列に並んで賽銭待ちをしていると


俺の真横にいた子供が泣き出した。
もう疲れちゃったのだろう。母親らしき人物が抱っこして落ち着かせようとしているがいっこうに泣きやまない。


それが続いて5分程たちようやく賽銭箱が目の前にきた。
子供がうるさい泣き声ともようやくおさらば。
俺が高々と1円玉を放りなげる。


そして手を合わせ目をつぶる。集中してると何も気にならなくなるもんだと目をあけて子供のほうをチラッと見る。


子供はいつの間にか泣き止んでいた。
ただ、それと引き換えに。


「あの人 1円 しか入れてないよ?」


と母親らしき人物に言ってるのが確実に耳に入った。
母親らしき人物はそれを察したのか、俺に会釈だけをして賽銭せずに子供を抱えていなくなった。


子供を泣き止ませたのが母親でも神様でもなく俺だったのなら、1円賽銭に意味があったのだろう。


ひとつ言っておくがこれ以来、賽銭するときを人目のつかない真夜中に変更せざるを得なかった事は言うまでもない。