なかったぁ!!

なに?どういう事?マイナーな本な訳?

えっ?どうしよう・・・

少々パニック気味です。

そして家に帰ってきました。

そんな中ちょっとショックな事も重なり、栗まんじゅう2個食べてやった!!

胃が痛いのに何してんの私って感じ。

まだ私は始まった訳ではないからとにかく出発点に立つために頑張ろう!!
取り合えず、自分なりに書いてみたけど、そういう出題のもとで出されたものなのかをちょっこし本屋に行ってのぞいてきます。
その後、少しは考え方が変わるかなぁ?

では行ってきます。
 割り勘とは外食などした時の、参加者とその時に支払った代金を同等に割って支払う事を言う。
 現代の日本において、割り勘とは切っても切れない物になっている。大勢の人との食事などでは、上司も部下も関係なく、同等の金額を支払う事でその場は平等だと感じるが実際は少し違う。
 確かに支払う金額は一緒ではあるが、本当に平等なのかと言えば、男女間では食事の量も違う事や、お酒を飲む人もいれば飲まない人もいる。そして上司と部下がその場で平等かと言えば平等ではない、やはり上司は上司であり、部下は部下である事には変わりはないからである。しかし割り勘をする事で、お金に対しての喧嘩は少なからず無くなる事は確かである。そう言う事を考えると、よく出来た制度だと思う。
 ただ割り勘は喧嘩のもとにはならないのかと言えば、そうとも言えない。この現代社会において割り勘を嫌う人もいるのも事実である。特に上司の人の中には、部下にお金を出させたくないと言う人も少なくないし、彼氏が彼女に対して男としてのプライドから割り勘をしない人もいる。今の日本での割り勘は若い世代であったり、大人数での食事以外は少なくとも、誰かにおごる事や、おごってもらう事や、自分の食事代のみを支払うケースの方が多いのではないかと思う。
 そう考えると、割り勘にするという事が今の日本の社会に反映されているように思える。ただ、現代人が割り勘が当然であるという思いがあるのなら、そこには思いやりが少し欠けているのではないかと思う。割り勘はわけ隔てを無くすためのものであるなら、そこに思いやりも必要ではないかと思う。割り勘と言う言葉はお金を分けることなどに使われるが、その奥にある平等であったり、思いやることも忘れてはいけないと思う。そう考えると割り勘とは平等でなくてはいけないと思う。



う~ん、あまり意識せずに書いたけど、なんかちょっと何が言いたいの?的な感じです。800字中9割位はかけてるってこと以外は、なんか納得いかん内容だなぁ・・・

難しいなぁ・・・