obaabaの井戸端

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くだらないおしゃべり色々


「この闘いも続いている。
   私が渾身の力を込めた大署名プロジェクト
      現行広島市民球場を「登録有形文化財」として保存しよう!
         (URLは「http://www.shomei.tv/project-773.html」)である。

御賛同いただける方は,ぜひご署名をいただきたい。そして,友人知人の方にご紹介をいただきたい。ブログ,WEB-SITEをお持ちの方は,この署名ページへのリンクを,そしてブログパーツを貼っていただきたい。どうもいまのところ数が伸びない。今は雌伏の時と思って辛抱して宣伝する次第である。
なお,このサイト,私からも軽々に個人情報を見ることが出来なくなっている。もちろん,頂いた個人情報は今回のプロジェクト以外の目的には一切使用しないことをここに宣言する。」

      pridegreenさんのブログ:「ろーふぁーむかるびお」よりご本人許諾の上、転載











Amebaでブログを始めよう!
7月28日に『がれきの中のゴールデンリング』と題して記事を書きかけていました。それとつなげて読んで頂けたら,と思います。


このブログは、ほんの思いつきで始めたブログです。よそのブログに遊びに行かせて頂いているうちに、ワタシの書き込みに対して何らかの反応をしたくても、宛先不明では困るよね,と思ったのがそもそもの始まりでした。



もうずっと以前からこのブログを閉じようと思っていたんですが、次々に色々と考えることが出て来てしまってタイミングを失っていました。





パーラーさんへのお返事も書きかけのままで止まってしまっています。

パーラーさんにお誘い頂いたのに、そして、しゅうぶんさんに直接メールを頂いたときには「参加するつもりです」とお返事したのに、結局出かけなかった理由をお伝えしたいと思っていました。パーラーさんはワタシをご存知のようですが、ワタシはパーラーさんがどなたなのかもわかりません。宛先も分かりません。ここにお返事を書くと不特定多数の方の目に触れてしまうので、それも、躊躇していました。




そうこうしているうちに、昨日の記事に頂いたコメントや、それから、元サンフレッチェに在籍していらした戸田選手のここ数日のブログなどを読んで、



このブログは閉じた方がいいと思いました。



ここのブログを閉じないと、いつか、何かの拍子に、心の中にあるものを吐き出してしまうかもしれないという気がするという方が正確なのかもしれません(自分でも知らないうちにすでにそうなっているのかもしれませんが、、、、)。





色んなことがありました。







がれきの中のゴールデンリング



これは、私が10代の頃,好きだった「佐野元春」教祖の Rock'n roll night という歌に出て来る1節です。





大人になると難しいことが増えるのでしょうか


それとも,この世の中がワタシが育って来たものとは違う世界になりつつせいなのででしょうか。



まるで、がれきの中をとぼとぼと歩いている心持ちがしていました。



ワタシの子供が参加しているサッカー部の監督が,試合中に子ども達にかける定番の言葉の一つに


「顔を上げろ。顔を上げて周りを見るんだ」というのがあります。




「顔をあげなくちゃ」「顔を上げて周りを見れば,何か解決策があるかもしれない」と思っているつもりでしたが、知らず知らず、うつむきがちになって狭い世界にばかり目がいっていたのかもしれないなあと思います。




がれきの中のゴールデンリング




光り輝くネオンの中では見えなくても、がれきの中でなら見つかるゴールデンリングがある





今はそんな気持ちでいます。





みなさん、色々と本当にありがとうございました。

ここでお会いできた方々皆様に、心からの感謝を。



あ!こんなに急に閉じてしまって「文句の一つ、二つ」でも言ってやろうと思ってたのに!!とお思いの方、おられると思います。ブログの更新は致しませんが、今月一杯くらいはこのまま置いておこうと思いますので、、、、腹に据えかねることなどありましたら,どうぞご遠慮なく。
ワタシは今,広島に住んでいます。



生まれたのも広島です。





育ったのは、家族の都合で、日本の色々の町でしたが、
親は2人とも広島の出身なので「根っこ」はずっと広島にあったんだろうと思います。




数十年前の今日




広島に世界で初めて「原子爆弾」が落とされました。




人間なので欲が有り、自分の身が可愛いので、誰しも争うことはあるでしょう。




その中で、争いに勝つために様々な攻撃方法を使うこともあるでしょう。



でも、、、

原子爆弾は,そのときのダメージだけでなく、

それ以降の未来に向かって

使った側の人間の想定以外のダメージ、想定できないダメージを与えたという点でそれまでの戦略手段とはレベルが違うものだったんじゃないか、とワタシは感じています。



原子爆弾はそれのみが「禁忌」なのではなく、
それをきっかけに「パンドラの箱」が開いてしまうことが問題だったと、ワタシは考えています。



人の欲が際限もなく募ってゆく、、、、
自分の欲を満たすために何をしてもいい世の中へ開く扉の、鍵だったんじゃないかと思っています。



今、あちこちで見聞きする「胸もつぶれるような話」のスタートは、数十年前のこの日だったのではないかと
ワタシは考えます。






今日の8時15分


広島の地で爆弾に焼かれた人々は、

結局は、私達自身だし、

自分と同じような人々が生活していることを知りながら「放射能の固まり」を投げ込んだのも,


やっぱり私達自身なんだと思います。



自分たちが乗っている「宇宙に浮かぶ青い小さな船」を壊してしまって、私達は一体,何に乗ってどこへ行こうとしているのでしょう


私にとって,今日、8月6日8時15分は,

毎年同じこの質問、未だ解けないこの難問を、やはり考えてしまう時間です。