昭和45年刊行の山陰基央先生の本をしっくり読み直している。序文では
しかし、大きなインドと日本の違いは
日本人は「言挙げせず」が美徳であること。インド哲学のように緻密に論理的に真理を分析する方法ではな
和歌にそっと託したり
生活そのものにヨガの精神が流れていた。。
(ただし日本人も論理的にインド哲学を学ぶと鬼に金棒と説かれています)
以下、考察。
先日、長野県から山梨県小菅村をゆっくり訪れて太古から水と自然を守り自然の神を敬い協力して生きていた土地の方々の履歴の大切さを感じて来ました。
中世の日本人は人口の85%が農民でした。「天の時、地の利、人の和」を活かし季節の変化の1秒、1秒を感じ自然という生き物の中に神を感じただ一心同体となり農具を神の憑代として大切に扱い日々の生活の緩急が祭祀であった。作業に集中することが即鎮魂、であり古語で「マスミ」と呼ばれる姿勢と息を調えることが大切とされた。
ヨガで学ぶ瞑想の極意(集中、凝念、三昧の流れ)が生活の中にいつも存在していた。沖正弘先生も常々「生活の中にヨガがある」と仰っていたなぁ。「非暴力」も「清浄」も「知足」も「正直」も‥ヨガの精神がいつのまににか昇華していた日本。世界中の人々が憧れると言われる日本の精神と大切なヨガの伝統の共通点を大切にしたい。
