9月13日 4時半



大事な叔母さんも亡くなってしまった
母との揉め事を相談出来たのは叔母さんだけだった


つい…2週間前に会って顔色が悪かったから病院に行く様話したばかりだったのに…


もう…本当に何が起きてるのか分からなかった


こんな時間だし…みんな疲れてるだろうし…とかあれこれ迷ったけど家から10分程度の距離だったので、とりあえず叔母さんちに向かった


家に着いたら電気がついていたので玄関を開けた。
その瞬間…お線香の臭いがして「叔母さん本当に死んじゃったんだ」と思ったら動けなくなり泣き崩れてしまった

叔母さんは年齢相応に体調が悪い事もあったと思うけど入院や手術をした事もなかったから本当に突然の事過ぎて…横たわっている叔母さんを見ても理解が出来ない…


正直…いくらコロッと逝きたいとは言っても叔父さんや娘や孫達に言いたい事がたくさんあっただろうに…
誰にも会えずに1人で亡くなってしまった叔母さんが可哀想でならなかった




従姉妹2人は自分達が「手術はしない」と選択したからか意外にも毅然としていた


自宅に戻りすぐ母に電話した


幸いと言うか…父の納棺は明日でその日だけは母がいなくても何とかなるはずだった「申し訳ないけど家の事は叔母さんに任せて迎えに行くから会いに行った方がいい」そう言うと「わかった」とだけ母が言った

ほとんど眠れずにいたので昨日のまま1日が終わっていない感じだった…


その日は朝から近所の人が来たり葬儀屋さんがきたりずっと人が来ていて大変な1日の始まりだった

喪主は兄がやる事になりコロナの問題があるからお通夜は無し、なるべく家族葬に近い一般葬みたいな形で済ます事になった。
友引きが絡んだお陰で1日長く家に居られる事になったけど父が連れて行かれちゃうなんて考えられなかった

午後になり父の妹の叔母さんが来てくれた。叔母さんのご主人も要介護5で胃瘻をしている。
そんな状況だから来れなくても仕方ないと思っていたけど無理をして来てくれた。


父は4人兄妹で男1人。今はその叔母さんと2人だけになってしまっていた。
病気になってから人に会うのを嫌がっていた父も叔母さんにだけは「会いてぇなぁ〜」と私に言っていたのでずっと心残りだった


最後に会わせてあげられて本当に良かった…とホッとした

父の顔を見るなり叔母さんは号泣した
その後…「あぁ〜こんなにいい顔して逝けたなんて大満足‼︎…本当に幸せだわ」と母と兄と私に「ご苦労様」とお礼を言ってくれた


父は本当にいい顔をしていて不思議な事に昨日より微笑んでいて「ニッコリ照れ」している様だった




その日から葬儀が終わるまで3泊4日で叔母さんはいてくれた。叔母さんの心境を考えると叔父さんが心配で大変だったと思うけどいてくれるだけで本当に心強かった。

私はチビが心配だったので母の事を叔母さんにお願いし自宅に帰る事にした。母を1人には出来なかったので本当に助かった



チビは旦那さんの実家に預けていて旦那さんが仕事帰りに迎えに行き夕飯を食べて2人で帰ってきた

きっと…子供なりに状況は分かっていて寂しくても我慢しているように見えた
でも…とてもチビの面倒を見てあげられる状況じゃなくて私と一緒にいて放ったらかしになるぐらいならじーちゃんとばーちゃんに預けておいた方が安心だった


久しぶりにチビと一緒に寝ようと思っていたのに荷物を片付けてお風呂に入ったらリビングで倒れる様に寝てしまった。
2日間ほとんど寝ていなかったし何も食べれなくなっていた

24時ぐらいに寝てしまい3時半ぐらいにハッ‼︎と目覚めて携帯をみたら1時頃に兄から着信が残っていた


こんな時間に兄から電話がくるなんて…折り返す前に用件が分かってしまった…

兄に電話すると「叔母さんが亡くなって電話したけど出なかったから1人で行ってきて今帰った」と言われた


あぁ〜やっぱりそうだったんだ…もう…何で寝てしまったんだろう⤵︎本当に自分が嫌になった


夫を亡くした翌日に姉を亡くすなんて…
母が不憫でならなかった














9月11日20時


訪看さんが来てくれた


「お父さん…早く逝っちゃったね」と私に言った



私は何が起きてるのか全然理解出来ていなかった…


いつのまにか父が冷たくなっていた




母は父にいつも「ありがとう」を催促していた。


しかし…元々照れ屋さんだった父はあまり「ありがとう」を言わなかった


「最後は息子と私に「ありがとう」ってすごく大きい声で言ってくれて、まるで映画の様でした」と興奮気味に訪看さんに言っていた。



その一言で全てが報われた様だった。





その後…訪診の先生がきて「死亡宣告」を受けた。

死因は廃用症候群による肺炎だった







21時


看護師さんに「娘さん…お父さんを綺麗にするので手伝ってくれませんか?」と言われたので「出来ることは何でもします」と答えた



父は9月21日が80歳の誕生日でした。私からのプレゼントは母からのリクエストで着心地が良くて着せやすいパジャマだった



ネットで買って送ってあったパジャマを母が出してきて「これがすごく肌触りが良くて気持ち良さそうだから着せてあげて下さい」と言った


最後はこれでと決めてあったと母が言った…




冷たくなった父の髪を洗い…

着替えさせて…

髭を剃り…顔にクリームを塗ってあげた


そして訪看さんがお腹の中を綺麗にし綿を詰めていくのを見つめていた。



それは悲しく、辛い光景で涙を堪えてもポロポロ涙が溢れてしまい訪看さんが「ごめんね…ごめんね…見なくていいからね」っと言ってくれた。

でも…最後まで見届けないと…って思い必死に頑張った


すると訪看さんが「実は私も去年父を看取ったの…こんな仕事していても自分の親は死なないもんだと思っててね…」と話してくれた


そうなんですよね…と頷くのが精一杯だった




仕事の途中で駆けつけた旦那さんと兄が綺麗になった父を布団に運んだ



最後に父の顔を整えてくれて訪看さんの仕事は終わった




それは…すごく丁寧に丁寧に愛情もって綺麗にしてくれたお陰で父は少し微笑んでいる様な顔をしていた。



 




22時


訪看さんにお礼を言って見送った


チビをどうしようかあれこれ考えたけど、5歳のチビには残酷な気がして父に会わせないまま旦那さんと自宅に帰らせた。翌日は旦那さんの実家に預かってもらう事にした。


チビもだいたいの事はわかっていたと思うけど「お父さんとお母さんも死んじゃうの?」って考えちゃうと可哀想だと思った




23時




業者の人がドライアイスを持ってきた。

父のお腹や顔周りにドライアイスが置かれて冷え冷えになってしまった。




24時

兄も帰り母と娘と私だけになり2人には休む様に言った。

私はお線香をあげながら一晩中父の側にいた。疲れたので父の横に寝てみたら何だか安心したような不思議な気がした。