第二章 5話「流行る温泉とは?」

 

 

あけて高山での二日目、午前中に奥飛騨のクマ牧場を見学した後は高山市に戻り、生徒達は市内の旅館のお手伝いへと派遣された。

 

 そこで待ち受けていたのは、まさに地獄のような忙しさであった。

 アキも実家は旅館であり、忙しい時期も知っていたが、まるで次元が違っていた。高山際を目前に控えて客も多く、しかも外国人がかなりの割合でいる。

 

 旅館の人達も、テルマエ学園からは「甘やかすと意味ないし生徒達の将来の為にならないから、厳しく使い厳しく評価してほしい」と言われていたようで、容赦なくなんでも手伝いに駆り出された。

 それでも、昨夜早めに休息を取った女性陣はどうにか立ち回っていく。特に、穂波の指示が的確で非常にありがたかった。

 

 対して夜遅くまで遊んでいた男性陣は殆どの生徒が討ち死に状態であった。男だけに力仕事を頼まれることも多く、寝不足と疲労と慣れないタスクで体力を削り取られていったのだ。まともに成果を出せているのは渡一人くらいではないかと思えるほどだ。

 

 「――うああぁ、もう駄目、もう動けない!」

 部屋に戻るなり畳に倒れてアキは悲鳴を上げた。

 「ほんと、いいようにこき使われたわね……でもホント、塩原さんのお蔭で随分と助かったわ。

  塩原さん、知っているの温泉だけじゃないのね」

 「本当だよ、やっぱ温泉だけじゃなく、その地域のことも知らないと駄目ってことだよねー」

 「言っていることは立派だけど、その格好で言われてもね」

  寝転がったまま言うアキをみて、七瀬は苦笑する。

 「ねえ、塩原さん……?」

 「……え、あ、ごめん、私も少し疲れたみたい。お風呂、行ってくる」

 「私も」

 穂波を追うようにして、優奈も部屋を出て行く。

 「アキ、私達も行く? お風呂に入れば疲れも取れるよ」

 男子生徒達はお手伝いが遅れていてまだ戻ってきていない。明るいうちに大露天風呂に入るチャンスと、七瀬は立ち上がる。

 「うん、行く~~」

 ゾンビのようによろよろと歩き出すアキであった。

 

 「……本当に最近は多いね」

 「どうしたのかしらねぇ」

 途中、旅館の従業員が話しているのが目に入ったが、従業員たちはアキの姿を見みるとすぐに仕事へと戻っていった。

 少しくらいお喋りや息抜きしていても構わないのに、そう思いながらアキは大露天風呂へと向かった。

 

 「……はぁぁ、夜と違って、大迫力だね!」

 


 

 前日は夜に浸かったが、今はまだ陽が沈む前であり、大露天風呂の本当の凄さにアキは圧倒されていた。
 

 

 四方八方を山に囲まれ、雄大な北アルプスにまるで見守られているかのように感じる。穂波に言われた通り、各所には巨石が配されてアクセントを付け、奥には大きな岩から源泉が滝となって落ちている滝湯、そして滝湯の横には洞窟風呂がある。

 

 

 露天風呂の中でも複数の湯が楽しめるようになっているのだ。

 「いやぁ、これはちょっと、真似できるものじゃないねぇ」

 湯に浸かっていると体から疲れと同時に力も抜け、ふにゃふにゃになっていくようだとアキは思った。
 

 「確かに、これだけ広くて景色も良ければ何回だって訪れたいと思うけれど、広さと大自然は私達じゃどうにもならないもんね」

 二の腕を揉みながら七瀬が言った。

 「そうね、温泉は真似できないけれど、宿については学ぶべきところがあるんじゃない?」

 岩に腰かけた穂波はふくらはぎをマッサージしながら言う。

 「確かに、せっかくだから気づいた点を皆で挙げてみようか」

 アキの提案に皆が頷く。

 

 「建物は古いけれど、この場所には合っているよね。真新しいペンションみたいな建物だと合わないよね」

 「でも、中の施設はちゃんとしている。Wi-Fiのつながり具合は最高だしね」

 「食べきれなかった炊き込みご飯、何も言っていないのにおにぎりにしてくれた!」

 「いづも従業員さんが笑顔だ。これ、何気ねぇげど重要だで思います」

 「でもさー、アメニティが物足りないなぁ。機能性は落としているよね?」

 「虫が多かとは大自然の中にあっで仕方なかこっで、そいを補う従業員んサービス精神が感じらるっよね」

 「実際の所、収支ってどうなっているのかしらね。さすがに聞いても教えてくれなさそうだけど」

 「まだ授業でも経営学、やってないから、何を尋ねればいいかも分かんないんだけど?」

 「従業員の数が少なく思えるんだけど、やっぱり固定費が重いんだろうね」

 

 自分だけでは気が付かなかったこと、違う視点からの意見、そういったものを得ることが出来るのは、皆がいるお蔭だと改めてアキは感じた。

 

 こうして得たものを自分の糧として取り込み、還元していかなけれならない。自分は学ぶためにこの場にいるのだと、強くアキは意識したのであった。

 

第二章第5話 終