第二章 第3話「樽樽温泉旅館」

 

「ここが、私達がお世話になる『樽樽温泉旅館』さんよ。皆、私達は客という立場であるけれど、学ばせてもらう身でもあるの。失礼のないようにね」

 

 ゆかり女史に言われて神妙に頷くものの、浮かれた気分は隠せない生徒達。

 

 高山市での観光を終えて一行が辿り着いたのは、奥飛騨温泉郷の最奥に位置する新穂高温泉であった。ここは東海一の大露天風呂を有する温泉旅館で、TVの温泉番組でも何度も取り上げられたこともある有名な秘湯の宿。事前に情報を得ていた生徒達は、誰もがこの宿に泊まれること、そして温泉に入れることを楽しみにしていたのだ。

 

「うわ、良い雰囲気の旅館だね」

 声をあげたのは萌だったが、アキも全く同感であった。

 旅館自体は木造で古びた感じではあるものの、むしろそれがこの地に馴染んでおり、素朴な雰囲気は都会のあくせくした時間を忘れさせてくれるようだった。

 

 

「凄い、この鹿、生きているの?」

「馬鹿、剥製に決まっているでしょう」

 廊下に飾られている鹿の剥製を見て目を丸くしているのは汐音、対して冷静に指摘する優奈。

 

「ここの大露天風呂は混浴が自由よ」

「うおー、マジか! キタコレ!」

 ゆかり女史の一言に、一気にテンションが上がる男子生徒達。

 

 そんな男子生徒に冷ややかな視線を送り、アキ達はそれぞれに部屋に向かった。

「さて、汗もかいたし、七瀬、さっそく入りに行こうよ!」

「私、混浴はちょっと……」

「女性専用の露天風呂もあるみたいだし、七瀬もそこならいいでしょ」

「そうね、それなら安心ね」

 

 あてがわれた部屋に入った後、夕食まで時間が少しあったので、アキと七瀬を筆頭に露天風呂に向かう女子生徒達。

「素敵! いいじゃない」

 露天風呂に足を踏み入れ、声を上げる七瀬。

 

 

かなり広い露天風呂で、アキや他の女子生徒も顔を輝かせている。

 周囲を高い塀に囲まれているので、せっかく自然に包まれた露天風呂であるのに解放感はやや物足りないが、周囲の視線を感じなくて済むのは安心感があった。

 

 早朝からバスでの長旅、高山市の観光と疲れを癒すには絶好の温泉である。

「塩原どん、今日は静かやなあ」

 心地よく温泉に浸かっている中、何気ない口調で言ったのは圭であった。圭の薩摩弁にも大分と慣れてきたアキだったが、圭は相変わらず「標準語を喋っている」と言い張っている。

 

「そういえば、穂波さんって全国各地の温泉に行っているんでしょ? ねえ、この温泉の何かウンチクとかないの?」

 テルマエ学園の屋上露天風呂でも、これでもかと温泉知識を生き生きと披露してくれた穂波である。ここ、樽樽温泉に関しても何かしら話しがあると思っていた。何か物足りないと感じていたのだが、そのせいだったのだ。

 

「…………」

 しかし穂波は何も応えず、ぼーっとしていた。

 

「穂波さん?」

「おい、穂波」

「……え、何?」

 アキの声にも反応を見せず、隣にいた優奈が穂波の肩を突いて、ようやく穂波が言葉を発した。

 

「どうかしたの、ぼうっとしていたみたいだけど」

「あ、うん、ちょっと疲れていたみたい。ごめん、何?」

 頭を軽く左右に振り、目をしばたたく穂波。

 

「この温泉のことで何か知っていることがあれば聞きたいなって思ったんだけど、疲れているんだったら、やめておこうか?」

「ううん、大丈夫よ。そうね、ここはなんといっても日本随一を誇る、250畳もの広さを誇る露天風呂よね」

「に、にひゃくごじゅうっ!? ちょ、何それ、わたしの部屋何個分!?」

 両手の指を開いて数えようとするアキ。

「いや、誰もアンタの部屋の広さなんか知らないし」

 呆れた目つきをアキに向ける優奈。

 

「えーと、大体10個分くらい?」

「アキの部屋、25畳もないでしょうが」

と、突っ込む七瀬。

 

「至る所に配された巨石がなんとも良い味を出していて、周囲には北アルプスの雄大な景色! 美しい山の緑に囲まれた中、肌を撫でる爽やかな高原の涼風。とにかくここの大露天風呂は、『入れ!』としか言いようがない、それくらい素晴らしいロケーションよ」

 

「へ、へぇ……そんなに、凄いんだ」

 高い塀に囲まれた女性用露天風呂を眺めまわしながら言う七瀬。

 

「そりゃそうよ、ここに来て大露天風呂に入らないなんて失礼だし、来た意味がないわ」

「塩原どんがそこまでゆくれなら、入らんわけにはいかんねぇ」

 頬をピンク色に染めた圭が言うと、追随するように汐音も頷きながら口を開いた。

 

「混浴って言うけれど、女性は湯浴み着着用が義務付けられているようだし、それなら安心じゃない?」

「ま、まあ、それなら確かに」

 七瀬も心動かされたのだろう、肯定しかけるが。

「でも、見られることはないけれど、相手のは見えちゃうけれどね」

「なっ……やっぱり無理無理、そんなの無理よ!?」

 穂波に悪戯っぽく微笑みながら言われ、真っ赤になって頭を振る七瀬。そんな七瀬の反応を見て笑う他の皆。

 

 温泉のことを語り出した途端、穂波は活き活きとして見え、アキとしてもちょっと安心した。

 

「ねえねえ、そろそろ出ないと、夜ご飯に間に合わないんじゃない?」

「そうですね、夜ごはん、楽しみですね!」

 萌の言葉に涼香が続き、皆で露天風呂を後にする。ちょっと物足りないとアキは感じたが、もともと夕食までの時間を使ってのことだったのだ、夜にまた今度は大露天風呂に入れば良いだろうと思った。

 

第二章第3話 終

 

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