原作:只野温泉 

ストーリー:東京テルマエ学園 共同製作委員会

 

第一章 第10話 『ルームメイト登場』

 

オリエンテーションを終えた新入生たちはデッキがあった建物正面に集まった。

 

スーツに法被の職員が待っていて全員を誘導した。

「寮はここの校舎の4階から8階までです。皆さんに渡した温泉手形。いわゆるIDカードがないと、専用エレベーターには乗れませんからねー」

 

 C組一行は4階の入居者用ラウンジに集められた。30人が入るには少々狭く、椅子やテーブルは壁際に寄せられている。そこにはロゴが入ったブルゾンを着た男女が待っていた。

 

「皆さん、今日はお疲れ様でした。厚生課の船井です」

 スーツ姿の男性がまず挨拶した。

「こちらの寮で、皆さんのお世話をさせていただきます。秋元です」

 寮母さんということなのだろうか、いかにもな雰囲気の中年女性だった。

 

「今から寮の使用細則を配りますので、後で必ず目を通しておいてください。禁止事項に違反すると、他の生徒まで不快な思いをさせてしまう恐れもあります。門限は、許可がない限り午前0時です。ただし皆さんが在学中に20歳を過ぎた場合、その日から門限は解除になります」

 

 船井課長は図面を貼ったホワイトボードを指した。

「これが4階から8階までの構造で、それぞれ部屋をご覧になればわかることですが、8人がひと部屋と言いますか洋室4部屋がある4LDKを8人で使っていただきます。トイレは3箇所それぞれについていますので不便はないと思います」

 

「また……豪華なようなそうでないような」

 男子の誰かが言った。

 

「キッチンには必要な調理器具と、食器などは全部揃っています。ですから食堂を使わず自炊することもできます。こちらは乾燥機付き洗濯機。こちらも各部屋に3台ずつ置いてあります」

 一行は実際に部屋を見て回った。寝室ひとつを2名で使用するようになっている。

 

「もう説明を受けていると思いますが、ここで一緒に暮らす8人と言いますのは授業や作業を行うときのチームです。これは2年間変わりません」

 

 共同スパの清掃や維持管理を行うのは業者が行うのだが、ペナルティがあれば寮生自身で、スパの清掃も行うらしい。特に門限には厳しいとのこと。

 

「では皆さんのIDカードの左上に部屋の番号が入っていますので、お部屋に移って下さい。朝にお預かりした荷物はもうお部屋に運んであります。どの部屋を使うかは皆さんでお決め下さい。明日は9時から授業が始まります。くれぐれも遅刻はしないように」

 

なんとも優美な太陽の光差し込む贅を凝らした造りの女子寮の中、共有ルームのソファでアキは七瀬と溜息を吐いた。七瀬もアキにぐったりした様子を隠さない。

 

 

 「疲れたぁ。この施設、ちょっとついていけない。テンション高過ぎる。学校じゃなくてリゾートホテルの間違いじゃないの?」

 アキの疑問に七瀬が何処か考えるようにしながら応じる。

 

 「なんか、ここの理事長が東京の大手IT企業経営者なんだって。ミネルヴアグループって確か野球の球団も持ってるって聞いたけど……」

 「うち、お金ないのにここの入学金や授業料が払える範囲っておかしいと思ったんだ」

 「道楽にしては規模が大き過ぎるし、何か目的があるのかもね」

 

 そこに大人しそうな声が響く。アキが七瀬と振り返れば、先ほど教室で話し掛けてきた涼香の姿。涼香はアキと七瀬だと気付いていないらしい。

 初めましてとおずおずと掛けられた声にアキが私だよと返すと、メガネっ子はアキと七瀬に気付いて嬉しそうにはにかんだ。

 「え、嬉しい!! アキちゃんら一緒の部屋とは思わんかっただ」

 「仲良くしようよ。これも何かの縁だしね」

 「嬉しい」

 涼香は教室と同じくアキに抱き着いて感極まったと言わんばかりに涙まで潤ませているので、アキの方は苦笑いである。気持ちはわからなくもないとアキも思う。このトンデモ学園で一人の心細さなら、アキだって七瀬がいたから耐えられたのである。

 

 アキに飛び付く涼香を七瀬が何となく腑に落ちないのは、私の親友は同郷のアキであり、アキの親友も自分だと七瀬が自負しているからなのだろう。

 

 「すんもはん、クラスも部屋も一緒でごわすな」

 

 突如と扉が開いて響いたのはテレビの大河ドラマの中でしか聞いたこともないような口調。アキと共に七瀬がぎょっとすると、そこにたたずむのは教室で一緒だった大洗圭。鹿児島の霧島温泉から来た彼女は、他にとりえはないが弓道で全国大会に出たと告げた…。

 

十分とりえがあるではないか?ますます自己嫌悪に落ち込むアキであった。

 

 彼女の鹿児島弁の独特の口調が強過ぎて、解読と通訳にてこっずったが、圭曰く口調は標準語が話せないのレベルであるらしい。そういう問題ではないと突っ込みたいと七瀬が感じていると、部屋の奥から姿を現したのは、例の金髪の女性。

 

 「うるっさいわねぇ。もうちょっと静かにして。わたし、これから仕事があるのよ」

 

 あくびを噛み殺しながら告げられた言葉に七瀬とアキが仕事と首を傾げると、彼女は続ける。やはりあくびを隠さないままで……。

 

 「源口優菜よ、出身は静岡修禅寺温泉。これから夜の仕事なの。悪いけど仮眠の貴重な時間を邪魔しないで。あんた達と違って、自分の学費を稼がなきゃいけないのあたしは」

 「ああ、ここよ、私の職場。新宿歌舞伎町『MINERVA』,ここの学園長が経営してるの。キャバクラ経営もしてるのよ、ここの学園長」

 

 優菜の言葉に集まっていたメンバー四人一同で驚きの声を上げると、突然の乱入者。

勢いよくドアを開け、突如とアクロバットな動きで掛け声大きく響かせながら、どこの舞台と間違えてるのだろうと言わんばかりの華麗なダンスをミニスカートに披露する。

 

例の八頭身の美女であった。

 

モデルと見違わないほどのスタイルと麗しの脚線美で魅了したのちに、スカートの裾をひらりと持ち上げて片足を折って一礼。乱入者はにこりと微笑んだ。

 

 「お邪魔しま~す。お取込み中に失礼。わたしは福井県の芦原温泉から来ました。向坂汐音と申します。先ほどもゆかり先生の方から紹介されたかと思いますが、特技はダンス。チアダンス部に所属、昨年は世界大会にも出たことがあるの」

 

 「知ってるわよ、アメリカでの世界大会で優勝したチームね」

 突然の舞台乱入者、汐音の言葉にアキは呟く。

 「ああ、オリエンテーションの時にスタイルのいい美人がいるなって思ったんだ。にしても、いきなり踊り始めることはないと思うんだけど……」

 

結構KYの汐音がアキに向かって言った。

 「ねぇ、ここでもチアダンス部作らない?」

 

 「あ、いやいや、ごめんなさい。わ、私、ダンスとかからっきし駄目で運動神経も鈍いし」

 アキの濁した言葉に七瀬はすかさず被せてアキを抱き締めると、アキが悲鳴とぐぇっという潰れた声を上げた。涼香の羨ましそうな視線に、内心で勝ったと七瀬が微笑んでいる。 

 

 するとゴーっという廊下でローラーが走る音が。廊下は滑らず歩きましょうと突っ込みたくなるような音が轟き、そのまま威勢のいい音が響いて扉が開く。ヘルメットを脱いで、スケートボードを片手にした女性が失礼しまぁすと間延びした声で現れた…………。

 

 「初めまして!! 秋田県、泥湯温泉から来ました。平泉萌と申します。」

またしても派手な登場である。

 

 「あぁバイクで登場した人。あんたの彼氏? あのさ、間違えなら悪いんだけど、野球とかやってる人かな? なんか、どっかで見た覚えのある動きをしてたような…………」

 優菜の言葉に萌はからからと笑う。

 

 「あれは私の兄貴。昨日まで兄のマンションでルームシェアしてたから。へぇ、兄貴の動きで野球選手と見抜いたか!!」

 すると優奈はすかさず、

 「へー兄貴なんだ。てぇってことは、兄貴、東京エンゼルスの平泉翔平!?」

 何故か興奮気味の優菜に、萌はあははとペロっと舌を出す。

 「えへ、バレたか。その通り、平泉翔平よ。うち、経営する旅館、2年前火事に見舞われてね~。お兄ちゃん大学行くの諦めてプロ野球に入ったの。お兄ちゃんの契約金で何とか旅館も建て直すことができて、しかも私の学費まで出してもらってるんだ」

 

 なんて優しいお兄さんなんだろうとアキが感心すると、優菜は萌のお兄さんを紹介しろと迫りだした。何でも、優菜は東京エンゼルスのファンで、萌の兄のファンだとか。

 強引に迫る優菜に萌がたじろいで、七瀬がキャバ嬢と野球選手が付き合える訳ないじゃんと突っ込めば、優菜は剣呑な瞳で七瀬を睨み付ける。

 

 「うるっさいわね。誰が誰を好きになろうが勝手でしょ」

 一触即発のムードに陥りかけた部屋に、

 

 「やめな、優奈」の声が響き渡った。

 

 ふと一同が、その声の方を見ると、おかっぱ頭で端正な顔立ちの女性が突っ立っている。

きょとんとするアキたちを尻目に、その女性がやくざのように立膝でタンカを切ってきた。

 

 「さぁて、皆様ご歓談中に失礼いたします!!お控えなすってくださいませ。申し訳御座んせんが、皆様の中にお邪魔致しやすよ?遅れての登場申し上げます!!わたくし、塩原穂波と申し上げやす!!」

 

 いや、これだけど派手な登場が続くとは逆に凄いだろう。しかもなんだその口調はとアキが唖然としていると、

 「縁あって、ここにいる優奈とはこれまで一緒のルームメイトでございます。根は悪い奴じゃございませんが、渡世のよしみ、今後とも仲良くしたっておくんなさいまし」

 

 またとんでもない女が現れたものである。しかも渡世のよしみと言ったって、私たちはヤクザもんなんかではない。

 

 何処の出身と聞けば、穂波は答えにくそうに口ごもった。

 「実を言うと、東京都葛飾区柴又なの」

 「え、東京なの?ていうか、普通に喋れるんじゃ?」

 七瀬の声に、穂波はアハハと笑う。

 

 「葛飾で親は銭湯を営んでます。父が病気で寝込んだので、最近は手伝いをしておりやす、ようやく身体の具合がよくなったんでこの学園に入学することになりやして…………」

 「へーそうなの。でも穂波さん、いつもそんな口調なの……」

 アキが突っ込むと、よく言ったと思わず七瀬はアキの冷静なツッコミに感心した。

 

 すると優奈が口を挟んだ。

「ああ、その子の間違えた方向、深く考えないで。ていうか、止めなって言ったじゃん。アンタの言葉、突っ込むしかないから。人情時代劇、ヤクザ劇好きの人に懐いてた子でね、間違えた方向に趣味を走らせて、誰が使うんだっていうべらんめぇ口調に憧れちゃってさぁ。見なよ、みな引いてんじゃん」

 

 優菜の言葉に不貞腐れた様子の穂波に、一同で目を丸くする。

 「優菜さんと穂波さんは知り合いなんだ?」

 アキの言葉に、優菜と穂波はあっけらかんと返事を返す。優菜と穂波、全く印象の異なる二人だが、元々の知り合いだとは思えなかった。

 

 しかしルームメイトのほとんどが、凄い子たちばかりである。こりゃコンプレックス感じてる余裕なんかはない、あまり物事をくよくよ考えないでおこうというモットーのアキは、

「よーし、全員揃ったんだから、お風呂行こ、お風呂!!みんなで親交を深めようよ」

 

 アキの元気な言葉に涼香、圭、優菜、汐音、萌、穂波、そして七瀬と苦笑いで返すのであった。

 

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つづく

 

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