原作:只野温泉 

ストーリー:東京テルマエ学園 共同製作委員会

 

第一章 第6話 『入学式』

 

 

 どう考えてもこれを作った人間は何を考えてるんだと突っ込みたくなったのはアキだけではなく七瀬も同感らしい。

 

現代日本の東京都心に突如として現れたのは、確か歴史の教科書か何かで見たことのある古代ローマの神殿とマンションが合体したような外見だった。誰が表現してもたぶんそうなるだろう。

 

「な、なにこれぇ~!!?」

「いや、古代ローマ王朝の神殿……」

 

 呆然と答える七瀬にアキは自分の認識が間違っていなかったことに安堵と不安を覚えるも、それだけで現実は二人を逃がしてはくれない。異様な建物の目の前に不気味に鎮座する招き猫の像が手を挙げる。二人して思わず抱き締め合ったアキと七瀬の前に、開いたのはこの異様な雰囲気を醸し出す建物の扉。

 

 

「ローマ王朝神殿で自動ドア?」

「七瀬、もう突っ込んじゃダメ」

 

中に入ると大きなパラソル付きのテーブルがいくつも置かれ、オープンエアのカフェになっていた。そしてそこには『東京テルマエ学園新入生受付』と書かれた大きな看板が立っている。

 

 

「テルマエ学園新入生のかた、どうぞこちらへー!」

 

 スーツの上に法被をはおった女性が、何かの呼び込みのように声をかけてきた。

 

「郵送した入学書類をお出し下さーい。はい、お荷物はこちらでお預かりしまーす!」

 

 アキと七瀬は何が何だかわからないうちにカードを首にかけられ大きな名札を胸に付けられ、パラソル下の席に引っ張って行かれた。ここまで案内してくれた男子にお礼を言う余裕もなかった。

 

「遠いところお疲れ様でしたー! メニューがそこにありますから、お好きな飲み物言ってくださいねー! 何杯飲んでも無料ですからー!」

 

 渡されたメニューはムーンバックスのもので、七瀬が振り返るとさっきの受付横にはムーンバックスの黄色い移動販売ヴァンがあった。

 

「ダブルショコラ、フラペチーノ……お願いします」

 

 七瀬が頼んでアキに視線を向けると、緊張がほどけたアキは完全に魂が抜けている有様だった。

 

「……ふたつ」

「この人、大丈夫だが?」

アキの向かいにいた女性が声をかけてきた。

 

「あ……駅で、迷って、ちょっと疲れてるだけで……済みません。たぶん、大丈夫」

 アキが反応できないでいるので、七瀬が代わりに答えた。色白で少しふっくらした顔立ち、大きなレンズのメガネが何となく愛嬌を感じさせる。名札には『白布涼香 高湯温泉玉湯旅館(福島)』と書かれていた。

 

「渋、温泉って……言うんだが?」

 これが福島弁なのだろうか。涼香の言葉は抑揚がない平坦な話し方で、語尾だけが上がる。

 

「長野市の奥で……志賀高原の麓にある温泉旅館です」

とアキが言うと、

「高湯も……ふぐすまの、安達太良山の中腹にある凄い山ン中だが」

涼香は少しはにかんだ表情で答えた。

 

フラペチーノが来た。涼香と二人でアキの手を持って、プラカップを持たせてストローを口まで持っていってやった。

 

 

「失礼……しもんで」

 もう一人、職員に案内されてきた子が聞き慣れない挨拶をしてきた。

「いけんしもしたか?」

 その子もアキの有様を見て心配したようだ。名札には『大洗 圭 霧島温泉清流荘(鹿児島)』と書かれている。

「えーっ、薩摩おごじょ?」

 七瀬が思わず言った。

 

 職員まで心配してアキの様子を見に来たが、フラペチーノをひと口飲むと何とかアキの魂は戻ってきた様子だった。

 

 訛りの強い二人と、自分たちの温泉についてぽつぽつ話し合っているうちに待合カフェの席は埋まってきた。そこにいるのはだいたい同じ年齢の男女で、少し女性の方が多い。

 予定ではもう入学式が始まるはずだが、法被を着た職員達は落ち尽きなく行き来して頻繁に時間を確認している。

 

職員たちも入学式の定刻前になったのか「時間です。そろそろ講堂にお入りください」と生徒たちに、しきりに呼びかけている。

 

職員に促されながら、アキと七瀬、涼香、圭の4人が講堂に入っていくと、講堂の中は多くの生徒達で満たされていた。全員がテルマエ学園に新たに入学することになる生徒達だ。

 

講堂はビルの1階から2階にある『ユヤ・バルネア新宿』というスパ施設のホールだった。天井まで20mはあるのだろうか、古代ローマの神殿を模したホールに似つかわしくない普通のパイプ椅子が並べられ、仮設らしいステージも設けられていた。強い花の香りが会場を満たしている。

 

 

新入生全員が席についた瞬間に、もの凄い音量でファンファーレが鳴り響いた。

 

「ひえっ?」

アキの隣で、七瀬と涼香が椅子から飛び上がった。

 

 手で音楽を止めるように指示しながら、入学案内の写真で見たカーネルサンダースのような男性が演壇に上がった。

 

 

「馬鹿げた演出はしなくてよろしい。ど肝を抜かせて楽しんでいただくのはお客様だ」

 

 そこでカーネルサンダースは新入生を見回し、小さく頷いた。見渡す限りのステンドグラスと大きなパイプオルガンは、まるでローマの大教会を訪れたように錯覚してしまう。

 

 

 アキが首を傾げて隣の七瀬にケンタッキーの社長がどうしてここにいるんだろうねと囁くと、七瀬は頭を抱えた。

「バカ、あれ、学園長だよ。この学園の長!! ていうか、ケンタッキーの社長じゃなくて、あれってお店に飾っている人形でしょ」

 

 壇上では年のころは60歳を過ぎたとおぼしき白髪白髭の老人が口を開き始めた。

 

「新入生諸君、ようこそ。東京テルマエ学園へよくいらしてくれた。記念すべき学園の誉れ、一期生諸君にまずは歓迎を申し上げる。私が学園長のミネルヴァです。」

 ざわざわしていた場内も、しんと静まり返っている。

 

「この学園の設立の目的は古き良き日本の伝統文化を守り語り継ぐ後継者達の育成を目的としておる。いわばホテルや温泉旅館経営のための初の専門学校である」

 

学園長は言葉を続けた。

 

 「この学園には入浴施設だけでなくスポーツ施設やアスレチックスタジオ、図書館、飲食店、マッサージ室、娯楽室など、小さなテーマパークが存在する。何故か?この学園の様式美を用いたローマに置いて、風呂というものは娯楽施設であったということを学園生徒諸君の身で持って体験して頂くためになる」

 「この学園で、浴室とは何か、温泉とは何かを自分にとっての答えを見出し、温泉についての学や教養から経営まで、二年かけてじっくりと学んで頂きたい。若き伝統の後継者達、諸君をミネルヴァと東京テルマエ学園は心より歓迎する。早速ではあるが、クラス分けから発表していこう」

 

すると学園長の声に突如と場違いな声が響いた。

 

表か裏かさっぱり判らないスーツを着た、ボサボサの頭の背の低い小太りな男が、アキたちの座っているパイプ椅子のところに割り込んできた。どうみても、この日のためにあつらえてきた洋服なのか、寸法が合わなかったのだろう。

袖が手の甲のところにまで被っている。

 

 「悪い悪い、遅れてしもてすまんな。あ、えろうすまんへん、兄ちゃんちょっと席変わったってくれへんか? え、ああ、ちゃうちゃう。

オレ、そこにおる隣のきれいなベッピンさんとお近付きになりたいねん。むさ苦しい野郎の横やと入学式も楽しないしなぁ。オレ、名前?あぁ大塩八郎っていいまんねん。大阪はなにわ区ちゅうところから来ましてん。ちょっとベッピンさん、お名前聞かしてぇや」

 

アホかこいつ?とアキは自分というものを差し置いて七瀬に言い寄る男を睨み返している。

 

あきれてるというか感心してるというか。七瀬が美人なのは理解できるが、突如と現れて初対面の女の子になんて態度だろう。

アキたちにすると物怖じしないのレベルではなく、まるでKYなんじゃないだろうか。これが都会の標準なんだろうか。

 

七瀬も何とも言えない顔をしている。さらに相手は金ぴかのスマホを取り出したのもギョッとした。こいつどんな趣味なんだ。金銀張り付けたスマホのデコレーションに七瀬は嫌悪感を抱いたようで、ちょっかいを出してくる彼を完全無視と決め込んでいる。

 

 

「いやぁ、クールビューティでんなぁ。ますます気に入ったで!! ベッピンさんがつんと澄ましかえっとるのも絵になってええわ!! 目の保養、目の保養」

 

さらに八郎が立て板に水のごとくまくしたてる。

 

「なんやここ、どうみても風呂屋やんか?うちも大阪でスーパー銭湯経営しとるんやけど、まだうちの方が上品やで。どうせならパーッと金ピカにしたらええと思いまへんか? ほれワイのスマホなんか18金のカバーに24金ビリケンさんで、合わせて56金でんがな」

 

 八郎また勝手に一人で大笑いしたが、七瀬は何が面白いのかわからなかった。

 

「そこ突っ込んでや! 『足し算間違っとるやんけー!』って」

七瀬は八郎を相手にせず、醒めた表情でそっぽを向いている。

 

アキと七瀬も、まさかこんな図々しい男が、このあととんでもない事件を起こすとは知る由もなかった。

 

♨♨♨♨♨♨♨♨

 

つづく

 

東京テルマエ学園サイト

https://tokyo-terumae.com/

→こちらから漫画編を読むことができます。