毒を吐きます。
自分の気持ちを吐き出す。
義母は93歳。
とても優しくて、大事にされてきた私。いつも穏やかで、どんなことにも一瞬笑って、吹き飛ばす
ポジティブスーパーおばあちゃん。
でもね!
いくつになっても、終活をしてこなかった。
80歳を過ぎた頃から、後継ぎ、後継者、おきなわでは、仏壇の継承が大きいにもかかわらず。
みんなに迷惑をかけたくない!と
言いながら、大事なことには向き合わず。
そして認知が入り、自分の身の回りのことがおろそかになってきた。そんな時の骨折、入院から、施設へ。
その間、義母のことを一生懸命私なりにケアマネと相談、仏壇のお供え、そして、今回は、お家の物の断捨離を。
義母は男の子4人を育ててきて、私の夫は四男の末っ子.結婚当初は、四男だから、と安心してきた。
がー、
人生は変わった!
今現在四男しか、夫婦でいるのはいなかった。
自宅も近く、この3年ほどは、夕飯を作っては、持っていき、一緒にたべたり、見守りの日々。しかし骨折を機に、入院から、施設へ。
さて、義母のお家の2階は荷物に溢れ、足の踏み場もなく、ゴミ屋敷となっていた。
大型家具、雑貨、お祝いの引き出物、いらないものが山ほど。洋裁をしていたようで、とにかく布類がたんまり。カーテン生地やさまざまな布類、反物、掛け軸、百科事典、沖縄の歴史の本、使い古したデスクや椅子、ジュータン、置物、布団、洋服で溢れていた。買い溜めしていた、ティッシュや、ペーパーも茶色く変色。
さて、これを片付ける時が来たー!
来たかー!と。
腰や、股関節の不調のある夫と私がやるハメになったのかー。と落胆しながらもやるっこゃないと。
私物や資料、印鑑、通帳なども適当に置かれていて、やはりいきなり業者には頼みづらいのて、コツコツやることになった。
私のイライラは、80歳を過ぎた頃から、終活について話してきたが、その話題には触れたくないようだった。タブーな話題になっていた。
でも、どうするのー?
自分のものは、自分で見てみて!と言っても、ゴミを貯める人には、これは、ゴミではない。
とにかく捨てさせない。
取っておきなさい!の一点張り。
しかし今、施設に入り、認知症になった義母のへやや、溜め込んだゴミを処分することを決めた。
毎日2時間くらいずつこのひと月、コツコツとゴミ出しをしてきた。
そして、今回は、船の舵、木彫りのハワイの人形や
鍋セット、大型家具を処分。
市町村には、15点を依頼し、船の舵のオブジェや、木刀、未使用のカーテンレールがあった。
夫が船の舵は電気ノコギリでカットして燃えるゴミにしようと思いつつ、私はジモティに投稿してみた。
そしてらあっという間に20くらいの欲しいという連絡があり、これからカフェをオープンする方にお譲りすることにする。
へー、こんなものを必要な人がいるんだ!と驚き。
とにかく、再利用してくださることにはありがたい。
それもカフェで?なんて。
まだまだ荷物はあるので、これからも断捨離をしていく。
次の世代の子供達に迷惑をかけたくない!
それならお義母様、自分で動けるうちに、処分をして欲しかった!
と感じるこの頃。
笑って、あれは大変な部屋になってるね!
生地類は取っておいてね!大事な預かり物だから!と。
え?誰からの預かり物なの?
んー?わからない。と笑う義母を見ながら、イライラ募る私です。
人の荷物を処分するって大変。もーイライラ!
