(その5からの続き)
-(安土駅-近江八幡駅間歩行中)-
西の湖を横切り、近江八幡市街地に入りました。
そのまま進むと、八幡神社と書かれた石碑が。
この先には日牟禮八幡宮があります。
近江八幡市の「八幡」は、この日牟禮八幡宮に由来しています。
そんな神社ですから、スルーするわけにはいきませんね。
日牟禮八幡宮の本殿。
観光地だけあって、参拝客が次々と訪れていました。
ここから八幡山に登るのも観光コースですが、
それはさすがに時間が無い。
日牟禮八幡宮から中心部へ向かうとまもなく八幡堀を渡りましたが、
先ほどとは風景が一変していました。
伝建地区に入っただけあって、
運河沿いは昔ながらの建物ばかりです。
ここでも運河沿いを少し歩いてみました。
そこには過去にタイムスリップしたような光景が広がっていました。
そこから脇道に入っても、やはり別世界。
時間があれば覗いてみたかったお店もちらほら。
いったん大通りに合流すると、左手にどこかで見たようなデザインの看板。
…でも、ちょっと違うな。
そうだ、メンソレータム。
でも、こっちはメンタームだぞ。
ここまで類似していてトラブルがないということは、ちゃんと理由があるはず。
ちょっと調べてみると、
メンソレータムはもともとこの近江兄弟社が日本販売を開始したそう。
ところが近江兄弟社が経営危機に陥ったときにメンソレータムの販売権を返上して、
残った設備で生産しているのがメンタームなんだとか。
そのため、両者の効能は基本的に同じとのこと。
ロゴマークはメンソレータムもメンタームも同じ方が制作したそう。
その先に続く新町通りは伝統建築のオンパレード。
右も左も寄り道したい商家だらけ。
近江八幡は近江商人の話なくして語れません。
安土城下に集まっていた商人が移住して栄えた八幡城下町ですが、
この一角でも三方よしの商談が行われていたのでしょうか。
ポストも丸形ポスト。
とにかく写真撮りたくなるけど、あまりゆっくりしていられない。
もっと時間があれば、寄り道しながら味わいたい町並みでした。
新町通りから朝鮮人街道を伝って少し西へ。
ここも街道筋だけあって、古くからの商店街らしい雰囲気。
朝鮮人街道を離れて、今度は本町通りへ。
本町通りというわりには、裏通り感が強い通りでしたが。
しばし住宅地を進んだ突き当たりにあったのが…
近江八幡市立八幡小学校。
開校は1873年と市内で最も古く、現在地には1917年に移転してきたとのこと。
モダンな校舎はドラマ等でも使用されているそう。
小幡町通りに合流して、近江八幡駅方向へ。
右手は八幡小学校の校舎。
中心市街地に建つ小学校ですが、児童数は結構多いみたいですね。
戦後間もない頃の市街地は八幡小学校付近までで、その先は水田地帯だった模様。
中心市街地を抜けると、周囲の町並みは現代的に変わりました。
今歩いている小幡町通りが駅まで繋がったのは戦後の話。
近江八幡駅はこの突き当たりですが、まだ先です。
ずっと同じ道歩いてもつまらないと思い、市役所方向へ寄り道。
右側はアル・プラザで、左側も1階に商業施設が連なる商店街ですが、
その割に行き交う人が少ない道でした。
ここは官庁街なんだろうか?
正面に近江八幡市役所が見えてきました。
ここも妙に開放感がある空間でした。
ちなみに、正面に建っている当時の庁舎は
老朽化により今年1月から新庁舎に切り替わったとのこと。
(その7へ続く)
近江八幡市街地周辺のGPSログ(1/22,500)です。















