『オアスペ』凄い!!

天国と地球と霊を解き明かした書。
(ご出版、ありがとうございます。)




前回の続き


【エスクラの神書】より
(紀元前約1550年~紀元後約1450年リカのサイクルの3400年の最初の3000年)(コスモン紀元前約3400年~400年)
(3000年〔エスクラ〕と400年〔エス〕を足して、ボンのサイクル全体の3400年と等しくなる。)




(※カユ孔子は話された。)

「多くの礼拝様式を持つ多くの人々に、
私は会ってきた。

彼らは、“ 創始者の霊的な発想に気づくことなく ”、その礼拝における彼らの役割を体験し、
そのために善くなることも悪くなることもない。

ほとんど思慮深さのない不信仰者は、
これを見て、すべての教えを “悪用する” 。
《しかし、賢者は、彼らの間に入って、
他者が見失っている善を見つける。》」

「男性や女性の中に、
あるいは、彼らの行動の中に、
《あらゆる美(※必ず存在するよき点)を見いだすことは、神の所業》である。

彼らの
<誤りを見つけて、それらについて噂話をすることは、悪魔の所業> である。

それでも、
人々について噂話をしない者のことは、
敬意をもって考えなさい。
神々の手の者もいれば、悪魔の手の者もいる。

すべての人間が操り人形のようではないということを、誰が知っているのか。」

「そのような教えは、
《過ちを犯して、悪を行う者に対して、
私たちがあまり厳しく対応しないようにさせてしまうだろう。
私たちはこのことを望む》。」

「私は、犯罪者が鞭に打たれているのを見て、
心の中で思った。

単なる出生環境のことで、
悪人が鞭打たれている。
違った出生を辿れば、彼らは州知事であったかもしれないのだ。」

「私は、かつて悪人が追っ手から逃れるのを手伝い、その悪人は鞭打ちを逃れ、改心した。
それ以来、私は、大きな慈愛への改宗者となった。」

(※鞭打ちや拷問はよいと言えないが、悪人の魂に光が芽生えるのには、悪人それぞれにとり必要な経緯や段取りがあると思われ、それはイーサーが知っていること。つまり創造主のみぞ知るその魂への養育のされ方だ。悪を行いながら逃げ通せたことが、その魂のためにはならなかったという魂も存在するだろう。魂には圧力がかかることで芯から光を求める神経の芽生えが起きる仕組みがあるように感じる。)」

「悪人が鞭打ちも拷問も受けずに、その省のためになるように登用される時が来るのだ。
そのような解釈のために法律を作ることは、
政府の叡智の始まりである。」

「すべての人間を適材適所に登用することは、最も聡明な統治である。

復讐のために悪人を罰することは、
悪魔の所業である。」

「男性が私の姉妹を殺害するならば、
私はその男性の前に剣を振り上げて、
その男性は逃げるかもしれないが、
私はその男性を攻撃することはない。

《人間を改心させることは、人間を殺すことよりも、よいことである。》

危害を加えられない場所に
悪人を隔離するだけで、
その国には十分なことだ。」

「私は、訓練中の兵士を見て、『これは美しい!』と言った。
なぜなら、私は、
彼らの着ている服の色を見て、
彼らの演習の時に歌っていた詩を聞いたからだ。」

「しかし、私は、再び彼らを見て、
『これは邪悪である!』と言った。
なぜなら、私は、
その訓練の目的を調べて、
そのことに血と死を見たからだった。

(※畜産業の姿を見ても、同様のことを見てしまう。可愛がりながら飼育する目的を考えた時に気分が悪くなった。)

その国は、乱暴な手段で力を使うが、
《私たちの中にある “魂は、平和的なやり方を望んでいる” のだ》。」


「聡明な判断をするための賢者の基準は、
賢者に、
《自らが天国のはるか上空におられる神として、
人類が皆、神の子供たちであることを想像する》ことを要求する。

賢者は、
《全人類を全体として、そして、ためになるように考えなければならない》。」









次回に続く



『オアスペ全訳第2巻』P590,591




“ヤーウェイの御名において
「あらゆる中に美を見いだす」しるしで
敬礼をお送りします!”