青天の霹靂とはまさにこのことで、新年度の体制も概ね決まってきたこのあたりで同期から退職のお知らせである。ちょっと話があるなんて神妙な顔で言われれば誰だって分かる。

彼は数少ないUSGAAPの同士であり、仕事を一緒にすることも多く、しかし私とは相容れないタイプでかつ悔しいが彼の方が社内での評価も上だった。

そんな彼はパートナーからも愛されており、マネージャーからは優先的においしい仕事を回されて、引当金や在庫等、難解な科目はもちろんのこと同期でおそらく最速で海外出張も任されたほどである。

そんな優秀な彼がなぜここに来て監査法人ライフにピリオドを打つ決意をしたのか。私も知るところではないのだが、察するに彼は期待され過ぎ、与えられ過ぎたということであろう。

仕事を任されるということはサラリーマンとしてこの上ない喜びである。
しかし、だ。
そういうのを求めて果たしてわざわざ会計士になるのだろうかということだ。やはりあえて会計士になったからには、専門家の端くれとして状況に応じて自分は何をすることが価値を生むことになるだろう、なんて考えてみて、恐る恐る試してみて結果良かったなんてときこそ喜びを感じるものではないのだろうかという持論を持っている。大袈裟に書いたが、私なんて新人時代、人がいくらでもいただけでなく、最初にアサインされていた現場が諸事情で契約解除になってしまっていたため、正直3ヶ月単位で発表されるアサイン表が公表されるのが怖かったくらいである。

もし真っ白だったらどうしようと。

一方で新人時代からほぼ毎日何らかのアサインで埋まっている今回の彼のような同期もいるわけである。このような格差を前にすれば、当然私にとっては毎日が戦いなわけであるが、彼にとっては、アサインがある日と言っても、それは何の変哲もない一日なのである。
私は意を決して仕事をもらいに行くが、彼は自然に受注できる、そんな彼をうらやましく思ったことがいくらでもある。

しかし、何度か彼が私を妬むような発言をしていたことが今になって思い出される。それは私がただの研修の日に会社からシニアやマネージャーを飛ばして質問が来た日である。M.Jは信頼されてるよな、と。

私はパートナーやマネージャーからは残念ながら、それほど信頼されているとは感じないが、会社の担当者からは聞きやすいと評されることがあり、2年目くらいからこのような質問を受けることは時々あった。中国の監査事情とか、棚卸しの実務についてとか多岐にわたる謎の相談である。(私に聞かれてもというのが大半なのが悲しい限りであるが。)

彼は実はそういったお客様からの相談に憧れていたらしいのだが、社外的には、マネージャー直属という位置付けで常に事を進めざるを得ないポジションだったので、独断で直接やりとりみたいな局面が訪れなかったのである。

結局、そういう意味で自分の意志とかはなく、かわいがられていたものの、いつも指示系統の中なわけです。

かたや私など基本フリーで問題点を見出だして初めて議論スタートできるという立場。問題ありきで始まるわけではなく、問題ないと思われるところばかり任されるので、存在感をアピールするために必死で粗探しにかかるわけです笑
そのため会社の担当者との世間話や無駄話も多くてそのような質問を受けるところにつながったと。

こうして辞め行く彼と私を改めて比較して思うことは、社内で仕事を任されることによってソフト面のスキルは次々に成長していくのだが、私のように日々何をしようか考えていくことを強いられる立場に立つと今日はどのように貢献しようかとハード面ともいえる精神面が養われたのはある意味事務所のナイスな教育だったなあと思います。
年次の浅い内は特に業務に忙殺される中で何かを見いだすというのもよいが、私のように何とかせねばと追い込まれるのも大切な経験かもしれません。放置プレイですよ。

今はお客様から事務所を挟んで仕事をしているが、会計士たるものいずれは直接契約を結んで仕事したいものです。

そういう意味では、ハード面が養われた私の事務所生活も決して無駄なものではなかったのかなと思います。
彼は彼で求めているものにいつか巡り会えることを願いつつ、私はまだまだ専門家と呼ぶには不足しすぎているソフト面のスキルを磨くということに勤しんでいきたいと思います。

何だかんだ異質なもの同士、わかりあえないが学ぶところも多く残念なのですが、お別れです。
何が正しいのかなんて本当に受けとる人次第ですね。

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