床にホコリを見つけたら

拾ってすぐそばのごみばこに捨てる。

 

窓の端に汚れが目立っていたら

雑巾などで拭き取る。

 

自分が出したごみではないからとか

自分が汚したわけではないからと

放っておくことはしない。

 

いやなことに出くわしたとき

あれこれ考えて

感情的に傾かないように気をつける。

 

すべてのことにおいて

難しくしているのは「自分」ですねと

しみじみ痛感します。

すぐ

今日も今日とて

特に何をするわけでもなく

自然に動くように動く本日です。

今朝の風速は3メートルで

空気が肌に触れると

肩をすくめる冷たさでした。

 

かたや桜が一気に咲き始めて

やや不思議な感覚にもなります。

 

仕事場ちかくの柳の木を見ると

枝葉が風に乗っているそのさまは

とても美しいと感じさせる景色でした。

 

しばし眺めていると風が止み、

一本一本の枝と葉の落ち着いた姿に

変化するのを見たら

ああ、このように過ごすんだった、

これでいいんですねと

じーんとしました。

 

日々の目の前のことにあたっていると

つい見方や考え方が

うっかり偏ってしまって

本来の自由を奪うような

こだわりを作っていたりします。

 

それをほどいて戻してもらう機会を

窓辺から見える柳の木から学ぶ本日です。

 

 

街を歩いていると、庭先や

道路沿いなどに椿が咲いているのを

よく目にするようになりました。

 

葉っぱの艶やかで剛健な姿、

花弁の秩序だった姿には

毎回が初めてみたという感じで

ハッとさせられます。

 

というか、実際にも

初めてみたということですね。

昨年の椿、昨日の椿、

一分前の椿は無いですから。

 

そんな本日です。

朝晩、そして日中の空気は

まだまだ冷んやりとしています。

どうぞみなさまも暖かくお過ごしください

強く反応することがあるとき、

それは見てこなかったことを自覚できる、

いい機会なのだと思います。

 

たとえば人間関係。

人との関わりで

価値観の違いに翻弄されたり、

気持ちが揺れて疲れてしまうというとき

周りの人たちがどうこうというよりも

そこには、

自分の価値観に賛同してほしい等々の

強い欲求があるからこそ

起こる場面なのだと。

 

で、それ気づいたところでどうするの、

どうなるの、という点については

気づいた本人がじわりと、または

ハッとわかっていくことなので

いま気にすることではありません。

 

というわけで、もし

なんだかモヤモヤした気持ちで

すっきりしないなあというときには、

とにかく今、何に強く反応しているのかを

確認してみるといいかもしれません。

 

そのあとは、たぶん

なんとかなっていくことと思います。

 

この世では変化していくのは当たり前なので

その都度、対応するというので

いいのではないかしらと

うっすら感じる、そんな本日です。

 

なにかうまくいかなかった時、

その一つの面だけを見て

もうダメだ、もう終わりだと思って

落ち込んでしまうことがあるなら、

「それが自分のすべてだと思い込んでいる」

ということに気づくと

捉え方がぐっと軽くなるかと思います。

 

今こうしてブログを読んでくださることも

一つの場面ですし、

仕事をすることも、友だちと遊ぶのも、

家族と過ごすのも、趣味を楽しむのも、

炊事洗濯をするのも、勉強をするのも、

それぞれが一つの側面にすぎません。

 

日々の暮らしの中で、

どれかがうまくいかなくても

すべてがダメだ、というのが

思い違いだったなと気づくと

あらゆることに優しさが広がる気がする本日です。