断捨離の「断」と「離」について気づいたことを書きます。

断捨離って、「断」「捨」「離」の3つに分けて考えられるんですよね。

家の中のモノに関しては、「捨」にフォーカスして去年だいぶ捨てました。
エイヤー!っと捨てまくり、一段落しました。

でも、「断」と「離」には全く取り組んでこなかったって気づいちゃったんです。

たとえば、私の両親はいま田舎に住んでいて、野菜や米を自分達用にたくさん育てているのですが、両親が送りたいときに電話がかかってきます。いつも向こう都合で送りたい分だけ送ってもらってきました。でも、食べきれなくて結局は冷蔵庫のなかで萎びたり、管理しきれなくてカビを発生させてしまったり、賞味期限を過ぎてしまったりして捨てる量が多かったんです。

両親は沢山収穫してしまってさばききれないから沢山送りたいって言うので、もらう側としては大きな顔はできないから仕方ない、とそれらをもらい受け、頑張って食べるけど処理しきれないていました。そして、処理できない自分を責め続けてきました。

「断る」ということを怖がっていました。
今まで何度も断ってきましたが、断る度に母が悲しそうな声になり、「こんなに沢山取れちゃって、私も困ってるの。助けてよ」と言われるとかわいそうだなって思って、受け入れてきました。

他にもあります。たとえば、ある人に同意を求められたとき、私は自分の考えを表明したり、その人の意にそぐわないコメントをしたら嫌われてしまうから、と言い訳して、一旦はその人の話を受け入れてることで衝突を回避してうまくやって来たつもりでした。相手を逆撫でしないようにしてその場の人間関係は穏便にやり過ごしてきました。でも、私の本心とは違うのにその人に同意して、その人の価値観に合わせてしまった時点で、実は相手に主導権を握らせてしまっていたんですね。相手が私の思考の操縦をすることを許していたってことに気づいていませんでした。

結局、相手に最後まで合わせるほどわたしの器はデカくはなく、後々、時間も労力も使って断ることになり、凄い大変でした。

こういう経験をする度に、なんてひどい人に出会ってしまったんだろう、私って人を見る目がないなって思ってました。

違う違う、違う!そうじゃない!

私がそういうことをされるように導いてたんですよね。

その事に気づいたから、

私って自分にも相手にもひどいことしてきたんだってようやくわかりました。わたし、自分で考えて自分で行動しないヤバい人でした!

次に、断捨離の「離」について。これも取り組めていませんでした。

人間関係で思い当たります。今回、年末年始、義理の両親宅へ3泊4日で帰省しました。嫁たるもの、年末年始は夫の実家で過ごすのは当たり前でしょ、という雰囲気を感じてきました。結婚してからほとんど毎年3泊か4泊は当たり前に帰省し、大掃除したり、朝から晩まで両親のそばに付きっきりで、マッサージしたり、話を聞いたり、家事を手伝ったり、とずっと両親の視界のなかで数日間過ごしてきました。トイレに行くだけでも「亜希はどこに行った?」と騒がれるほど、本当に視界に入っていないと落ち着かない両親でした。今年も、期待に応えてあげなければ嫌われちゃうからって、実はしんどすぎて本当は泊りたくないのに仕方なく泊まっていたことに気づきました😆👍

泊まらなかったら嫌われる!と、いまも思ってます。嫌われることが怖くてたまらないのです。嫌われたらすごく冷たくされると思い込んでて恐れています。
だから夫の実家に帰省しないという選択肢自体、考えるだけで恐ろしかったです。ホテルに泊まって元旦だけ挨拶に行くお嫁さんがいるらしい、と、義母は猛烈に批判していて、私に「そんなことしないわよね」、と牽制してこられたことがありました。私は本当はそうしたいのだけど、そのときに「そうですよねー」って答えちゃったから、できなくなっちゃった、と感じています。

泊まるのなら、24時間×毎日を親の監視下に置かれるって覚悟しています、わたしの場合。

夫の両親は支配的な雰囲気の2人です。両親が精神的に健康ではないのだと、ようやく気づきました。本当に全て監視されてる感じがします。例えばお風呂の順番も温度も入浴時間も全てルールがあり、ルールにのっとらないと翌日その事で指摘を受けます。風呂の順番に限らず、全てが男尊女卑です。長風呂したり、温度を高くして入浴したら翌日風呂の温度は低い方が体に良い、と説得されます。
毎回覚悟して帰省していますが、東京に戻ると数日間寝込んで動けなくなるのが常でした。

両親を愛していますが、この監視下に置かれる雰囲気がとにかく息が詰まる感じで恐ろしいので、今回の帰省ではルール無用のデスマッチ!わたし流をぶちかましてみました。
そして、案の定メタメタに怒りを買い、私が負けました。

断捨離の断と離については、まだまだ学びの途上の私です。

自立した人間に成長して行くなかできっと自然に距離感がわかって離れていけると信じています。

嫌われることがこんなに恐ろしいなんて!

でも、どんなに歩みよったって、100%好かれることもないんですよね。

そろそろ自分を疲弊させる生き方を降りますね。

またこの件で投稿します。